1.内部告発者の保護
公益通報者保護法は、公益通報を行ったことによる解雇を禁止しています(公益通報者保護法3条)。
しかし、マスコミ等の外部機関への通報が、解雇禁止の対象となる公益通報に該当するためには、
通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があること、
不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的ではないこと(2条参照)、
のほか、次のいずれかの場合であることが必要とされています。
労務提供先や行政機関への公益通報をすれば解雇その他不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由がある場合
労務提供先への公益通報をすれば当該通報対象事実に係る証拠が隠滅され、偽造され、又は変造されるおそれがあると信ずるに足りる相当の理由がある場合
労務提供先から公益通報をしないことを正当な理由がなくて要求された場合
書面(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録を含む。第九条において同じ。)により第一号に定める公益通報をした日から二十日を経過しても、当該通報対象事実について、当該労務提供先等から調査を行う旨の通知がない場合又は当該労務提供先等が正当な理由がなくて調査を行わない場合
個人の生命又は身体に危害が発生し、又は発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由がある場合
しかし、通報対象事実が犯罪等に狭く限定されているほか(公益通報者保護法2条3項)、上記いずれかの場合に該当することの要件が比較的厳格であるため、外部機関への通報に関していえば、解雇禁止の対象となる公益通報であることを立証するよりも、一般的な名誉毀損の違法性阻却事由の立証の方が容易であることが少なくありません。
そうした状況を反映してか、裁判例の趨勢は、内部告発を理由とする解雇の可否については、公益通報者保護法の規定する要件にあてはめるよりも、
「①告発内容が真実であり、または、真実であると信じるに相当な理由があるか(告発内容の真実性)、②告発の目的に法違反や不正行為の是正などの公益性が認められるか(告発目的の公益性)、③告発の手段・態様が相当なものであるか(告発態様の相当性)、を総合的に考慮」
して決していると理解されています。
https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/06/60.html
こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、公益通報者保護法の趣旨を踏まえ、解雇禁止の対象を拡大するかのような規範を定立した裁判例が掲載されていました。東京地判令3.3.18労働判例ジャーナル113-52 神社本庁事件です。
2.神社本庁事件
本件で被告になったのは、全国の神社を包括する宗教法人です。
原告になったのは、P1とP2の2名です。
このうち原告P1は被告に雇用され、本宗奉賛部長、教化広報部長を経て、参事・総合研究部長の地位にあった方です。作成した内部告発を内容とする文書が出版社やマスコミに郵送されたほか、インターネットサイトにも掲載されたことなどを理由に、懲戒解雇されてしまいました(解雇理由1に係る行為)。これに対し、原告P1は、懲戒解雇の無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。
これに対し、裁判所は、次のような規範を定立し、内部告発を理由とする懲戒解雇の可否を判断しました。
(裁判所の判断)
「解雇理由1に係る行為は、労働者が、その労務提供先である使用者の代表者、使用者の幹部職員及び使用者の関係団体の代表者の共謀による背任行為という刑法に該当する犯罪行為の事実、つまり公益通報者保護法2条3項1号別表1号に該当する通報対象事実を、被告の理事及び関係者らに対し伝達する行為であるから、その懲戒事由該当性及び違法性の存否、程度を判断するに際しては、公益通報者保護法による公益通報者の保護規定の適用及びその趣旨を考慮する必要がある。公益通報者保護法は、労働者による労務提供先の役員、従業員等についての法令違反行為の通報が、国民の生命・身体・財産その他利益の保護に関する法令の遵守を促し、国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資するものであることから、労働者が公益通報をしたことを理由とする解雇の無効等を定めることにより、労働者の公益通報の機会を保障し、もって、国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資することを目的とする法であり(同法1条)、公益通報をしたことを理由としてされた解雇の無効(同法3条)及び降格、減給などの不利益取扱いの禁止(同法5条1項)の定めは、これを具体化した法であり、その趣旨は、労働契約法15条に定める使用者の懲戒処分が懲戒権の濫用として無効となるかという判断においても、考慮されるべきものである(同法6条3項参照)からである。」
「そして、公益通報者保護法は、労働者が、
〔ア〕『不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく』、
〔イ〕労務提供先の『役員、従業員、代理人その他の者について通報対象事実が生じ」「ている旨を』、
〔ウ〕『その者に対し当該通報対象事実を通報することがこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者(当該通報対象事実により被害を受ける者を含み、当該労務提供先の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある者を除く。)に通報すること』
は、公益通報に当たり(同法2条1項1号)、
〔エ〕『通報対象事実が生じていると信ずるに足りる相当の理由があり』、
〔オ〕『当該労務提供先に対する公益通報をすれば当該通報対象事実に係る証拠が隠滅され、偽造され、又は変造されるおそれがあると信ずるに足りる相当の理由がある』
など同法3条3号のイ~ホのいずれかに該当する場合には、公益通報をしたことを理由とする解雇は無効となるとし、また、公益通報をしたことを理由とする降格、減給その他不利益取扱いは禁止されるとする(同法3条3号、5条1項)。」
「これらの規定の内容、及び、公益通報者を保護して公益通報の機会を保障することが国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資するとの当該規定の趣旨に鑑みると、労働者が、労務提供先である使用者の役員、従業員等による法令違反行為の通報を行った場合、通報内容の真実性を証明して初めて懲戒から免責されるとすることは相当とはいえず、
〔1〕通報内容が真実であるか、又は真実と信じるに足りる相当な理由があり、
〔2〕通報目的が、不正な利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく、
〔3〕通報の手段方法が相当である場合には、
当該行為が被告の信用を毀損し、組織の秩序を乱すものであったとしても、懲戒事由に該当せず又は該当しても違法性が阻却されることとなり、また、〔1〕~〔3〕の全てを満たさず懲戒事由に該当する場合であっても、〔1〕~〔3〕の成否を検討する際に考慮した事情に照らして、選択された懲戒処分が重すぎるというときは、労働契約法15条にいう客観的合理的な理由がなく、社会通念上相当性を欠くため、懲戒処分は無効となると解すべきである。」
3.「公益目的であること」と「不正の目的でないこと」
上述のとおり、本件の裁判所は、告発目的の公益性を、「不正の目的でないこと」に置き換えた判断基準を定立しました。
「公益目的であること」と「不正の目的でないこと」とを比較した場合、前者よりも後者の方が範囲が広くなります。
本件の裁判所は、解雇理由1に基づいて解雇することを否定しました。元々、名誉毀損との関係で捉えられている目的の公益性が比較的緩やかな概念であるうえ、具体的な事実関係に照らし、本件が告発目的の公益性を「不正の目的でないこと」に置き換えなければ解雇無効の結論を導けなかった事件なのかは疑問もありますが、解雇禁止の範囲を緩和したかのような規範を定立した裁判例が出現したことは、記憶しておく必要があるように思われます。