弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

理事会と対立している前学長の記者会見に同行したことは懲戒解雇の理由になるか?

1.内部告発的な記者会見は揉めやすい

 記者会見をして組織内の不祥事を公表することは、しばしば組織からの苛烈な報復を招きがちです。公益通報者保護法などで解雇や不利益取扱の禁止が規定されてはいるのですが、マスコミに対する情報提供は法律で保護してもらうためのハードルが高く、組織側は不利益取扱の禁止等の対象になる「公益通報」には該当しないという理屈のもとで報復を行ってきます。

 このように記者会見を行った主体が報復の対象になる例は多いのですが、近時公刊された判例集に、記者会見に同行したことが懲戒解雇事由になるのかが問題になった裁判例が掲載されていました。札幌地判令5.3.29労働判例1293-34 学校法人札幌国際大学事件です。

2.学校法人札幌国際大学事件

 本件で被告になったのは、札幌国際大学等の学校を設置、運営する学校法人です。

 原告になったのは、札幌国際大学において、大学教授として勤務していた方です。

 被告から、

令和2年3月31日、本件記者会見に同行したこと(懲戒事由①)

ツイッターにおいて、複数回にわたってY1大学の内部情報を漏洩したこと及び誹謗中傷の書込みをしたこと(懲戒事由②)

教授会の決議や権限に基づき作成されていない「教授会一同」名の文書や教授全員の総意に基づかない「教授会教員一同」名の文書について、これらの文書がその権限や総意に基づかない文書であることを認識しながら、A前学長がこれら文書を外部理事に手交する行為に同調し、その手交の場に立ち会ったこと(懲戒事由③)

平成27年4月1日から令和2年3月31日までの期間において65回開催された教授会に、8回しか出席しておらず、他の教授と比してその出席状況が著しく不芳であり、その状況につき正当な理由がないこと(懲戒事由④)

を理由に懲戒解雇されことを受け、その違法無効を主張し、地位の確認や損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 ここで言われている「本件記者会見」とは、次の記者会見です。

「A前学長は、令和2年3月31日、北海道庁内の道政記者クラブにおいて、Y1大学の受け入れている外国人留学生が留学資格として求められている日本語能力を満たしていないことに関する問題について、記者会見(以下『本件記者会見』という。)を行い、原告は本件記者会見の会場に同行した。」

 本件では各懲戒事由について、それぞれ興味深い判断がされていますが、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒事由①が就業規則上の懲戒事由(服務規律違反、品位・名誉をけがす非行)に該当することを否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、懲戒事由①について、本件記者会見は、A前学長が被告の学長として再任されなかったことに対する不満から行ったものであり、公益的な目的ではない上、被告における外国人留学生受入れについての誤った認識を大衆に与え、被告の名誉及び信用を毀損するものであるといえるところ、原告もこれらのことを認識して、積極的に本件記者会見に同行したといえ、このことは本件就業規則26条2号、3号、同28条2号に抵触し、同33条3号、4号の懲戒事由に該当する旨主張する。」

「また、被告は、懲戒事由③について、A前学長がB外部理事を訪問したのは、事実と異なる内容の本件交付書面を交付して、自身が再任されるべきことを働きかけるという、学内政治的な多数派工作を目的とするものであり、原告もこれらのことを認識して上記訪問に同行したといえ、本件就業規則26条2号、3号、同28条2号に抵触し、同33条3号の懲戒事由に該当する旨主張する。」

「しかし、前提事実・・・及び認定事実によれば、本件記者会見及び本件交付書面の各内容はいずれもY1大学の受け入れた外国人留学生の日本語能力レベルの問題についてのものであったところ、B外部理事に対する本件交付書面の交付及び本件記者会見の実施を含め、学内及び学外において上記問題について意見を述べるなどして訴えていたのは、専らA前学長であったと認められる。

「また、A前学長は、B外部理事への訪問に当たって、原告その他これに付き添った教授らに上記問題の補足説明等についてサポートしてもらえると考えていたことがうかがわれ・・・、原告の同行がA前学長による上記訪問につき精神的に寄与した側面はあり得るものの、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、本件交付書面のうちB外部理事宛ての『学長 A 教授会 教員一同』名義の部分・・・を作成したのはA前学長であることが認められ、原告が、本件交付書面の作成に関与したことや、上記訪問の前に、本件交付書面の内容を明確に認識していたことはうかがわれず、その他原告が上記訪問につき積極的に協力し、これを助長するような行為をしたこともうかがわれない。」

「さらに、令和2年3月31日、本件記者会見が北海道庁内の道政記者クラブにおいて実施され、同日以降、複数の報道機関がこれについて報道したこと・・・を踏まえれば、同日当時、本件記者会見は社会的耳目を集めていたといえ、原告の同行がA前学長による本件記者会見の実施につき精神的に寄与した側面はあり得るものの、認定事実・・・及び弁論の全趣旨によれば、本件記者会見では、A前学長が記者らに囲まれる形で正面の椅子に座って発言し、原告はA前学長の右後方に座っていたにすぎず、原告が主体的に意見等を述べたことはなかったことが認められ、原告が本件記者会見に積極的に協力し、これを助長するような行為をしたともいえない。

そうすると、仮に本件交付書面や本件記者会見の各内容に一部事実と異なる内容が含まれていたとしても、B外部理事への訪問及び本件記者会見はいずれも専ら当時学長であったA前学長が主体的に行ったものであり、原告の同行による精神的な寄与があるとしても、重要なものとはいえず、原告の同行によって、被告の名誉及び信用の毀損及び学内政治的な多数派工作が、具体的に助長促進されたこと等を認めるに足る証拠はない。

「以上を踏まえれば、A前学長によるB外部理事への訪問及び本件記者会見に原告が同行したことが、本件就業規則26条2号、3号、同28条2号に抵触し、同33条3号、4号の懲戒事由に該当するとは認められない。」

3.主導しなければ問題ない?

 上述したとおり、裁判所は、主体的な立場になかったとして、本件記者会見への同行が懲戒事由に該当することを否定しました。

 周辺部分にいる人まで含めた報復の徹底ぶりは、労働者がまとまることを困難にするため、いかがなものかと思っていましたが、本裁判例は、懲戒権行使の在り方に一定の歯止めをかけたものと評価できます。