1.SNSへの書き込みに起因するトラブル
SNS、特に不特定多数に開かれているツイッターでの書き込みがトラブルになる例は、後を絶ちません。労働事件との関係でいうと、勤務先の社会的評価を低下させる事実を書き込んだり、勤務先の内部情報を書き込んだりして、それを目にした使用者との間で紛争になる例が少なからずあります。
近時公刊された判例集にも、ツイッターへの書き込み等を理由とする懲戒解雇の可否が問題になった裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、札幌地判令5.3.29労働判例1293-34 学校法人札幌国際大学事件です。
2.学校法人札幌国際大学事件
本件で被告になったのは、札幌国際大学等の学校を設置、運営する学校法人です。
原告になったのは、札幌国際大学において、大学教授として勤務していた方です。
被告から、
令和2年3月31日、本件記者会見に同行したこと(懲戒事由①)
ツイッターにおいて、複数回にわたってY1大学の内部情報を漏洩したこと及び誹謗中傷の書込みをしたこと(懲戒事由②)
教授会の決議や権限に基づき作成されていない「教授会一同」名の文書や教授全員の総意に基づかない「教授会教員一同」名の文書について、これらの文書がその権限や総意に基づかない文書であることを認識しながら、A前学長がこれら文書を外部理事に手交する行為に同調し、その手交の場に立ち会ったこと(懲戒事由③)
平成27年4月1日から令和2年3月31日までの期間において65回開催された教授会に、8回しか出席しておらず、他の教授と比してその出席状況が著しく不芳であり、その状況につき正当な理由がないこと(懲戒事由④)
を理由に懲戒解雇されことを受け、その違法無効を主張し、地位の確認や損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。
懲戒事由②との関係で問題になったツイッターの書き込みは多数に上りますが、幾つか例を挙げると、
「朝の9時前からワゴンやプロボックス三台連ねて、書類詰まった段ボール箱満載で『O翰地名-編注肝』向かっとったな……」
「何をあわてて焼却したいんやろなー」
「消せば増える、隠せば顕れる。」
「学費返せゴルァを言われたくないばっかりに、弊社はこんなに学生のこと考えてますアリバイ作りにあわててリモート環境一気に整えようとして gdgd 阿鼻叫喚になるって、やっぱり底抜けのバカなん?」
「外国人留学生たくさん考えなしに入れて、数年後には経営V字回復だああああ…って虹色パワポ文科省にドヤってプレゼンした大学のハナシ、する? 」
といったようなものです。
こうしたツイッターへの書き込みについて、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒事由への該当性を否定しました。なお、結論としても、懲戒解雇の効力は否定されています。
(裁判所の判断)
「被告は、本件各投稿は、被告の社会的評価を低下させ、また、被告の内部情報を漏洩するものであり、原告が本件各投稿をしたことは、本件就業規則26条2号(名誉を大重んじ品位を保つこと 括弧内筆者)、3号(勤務規程等に忠実に従うこと 括弧内筆者)、同28条3号(秘密漏示の禁止 括弧内筆者)に抵触し、同33条3号(服務規律違反 括弧内筆者)、4号(品位を失い、学園の名誉をけがす非行 括弧内筆者)の懲戒事由に該当する旨主張する。」
「特定の投稿が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきものである(最高裁昭和29年(オ)第634号同31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁、最高裁平成22年(受)第1529号同24年3月23日第二小法廷判決・裁判集民事240号149頁参照)。」
「これを踏まえて検討すると、本件各投稿に表示される投稿者は、『C』、『D Y1’』である・・・ところ、これらは原告の本名ではなく、また、これと関連性があるものでもないから、一般の読者の注意と読み方をもっても、本件各投稿が原告によるものであることを認識することは困難である。」
「また、被告は、上記『Y1’』という表記から、本件各投稿が被告に関するものであることを認識できる旨主張するところ、本件各投稿には、本件記者会見に関する報道の投稿(別紙3ツイート一覧(原告)のうち、令和2年3月31日の投稿)や、『大学』、『留学生』等の単語を使用した複数の投稿が含まれることを踏まえれば、これらを手がかりに本件各投稿がY1大学に関するものであると想起させる可能性はある。しかし、『Y1’』がY1大学のみを指し示すものであることをうかがわせる事情はなく、『D Y1’』のうち『D』と『Y1’』がそれぞれ独立した意味を有するのか直ちに明らかでない上、本件各投稿には、主体等が不明確なもの、表現が婉曲的又は抽象的なもの等が複数含まれており、『Y1’』及び本件記者会見に関する報道の投稿とその他の投稿との関連性も明らかであるとはいえない。」
「そうすると、一般の読者の普通の注意と読み方を基準にすれば、本件各投稿が、被告やY1大学に関する事実を摘示するものであるとは認められず、被告の社会的評価を低下させたとはいえない。」
「なお、仮に本件記者会見の内容に一部事実と異なる内容が含まれていた場合、原告が令和2年3月31日に本件記者会見に関する報道の投稿をしたことで、その内容を拡散させ、被告の社会的評価を低下させたといい得る余地はある。しかし、認定事実・・・のとおり、本件記者会見の内容は、同日以降、複数の報道機関で報道されたこと、前記・・・のとおり、かかる報道の対象となった本件記者会見を主体的に行ったのは専らA前学長であり、これに対する原告の寄与はA前学長に対する精神的なものにとどまることを踏まえれば、上記投稿によって被告の社会的評価が低下したとはいえない。」
「内部情報の漏洩についても、仮に、本件各投稿が被告やY1大学に関するものであると解する読者がいたとしても、本件各投稿の内容が被告において公表することを禁じられていたものであると認めるに足りる証拠はない。」
「以上を踏まえれば、原告が本件各投稿をしたことが、本件就業規則26条2号、3号、同28条3号に抵触し、同33条3号、4号の懲戒事由に該当するとは認められない。」
3.仮名、婉曲・抽象的な表現を使う、明示的に公表を禁止されたものに触れない
裁判所が懲戒事由該当性を否定したポイントは、
仮名が用いられており、表現も婉曲的・抽象的で、一般的な読者が普通に読んだだけでは被告に関する書き込みであるとは判断できない、
被告において特に公表が禁止されていた情報でもない、
というものです。
どこまで婉曲化・抽象化すれば大丈夫かなどの限界を正確に予想することは困難ですが、使用者からの責任追及を避けつつSNSを利用するための工夫として、裁判所の判断は参考になります。