弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不正行為の調査をするための自宅待機期間中の賃金の支払義務

1.不正行為の調査をするための自宅待機命令

 非違行為を犯したことが疑われる従業員に対し、不正調査に支障が生じることを避けるため、懲戒処分を行うまでの間、自宅待機が命じられることがあります。

 自宅待機命令の法的性質に関しては二通りの理解があります。

 一つは、使用者が業務命令として自宅待機を命じたという理解です。この場合、非違行為が認められる事案であっても、使用者から命じられた自宅待機という労務提供を履行している以上、労働者は待機期間中の賃金を全額請求することができます。

 もう一つは、労務提供の受領拒絶とする理解です。この場合、危険負担法理に従い、労務提供の受領拒否が使用者の責めに帰すべき事由によるかによって賃金支払の要否が決まることになります(民法536条2項参照)。不正行為の再発や証拠隠滅のおそれなどの緊急かつ合理的な理由が存する場合等を除き、通常、労務提供の受領拒否は使用者側の都合(帰責事由)によると理解されています。そのため、実務上、自宅待機期間中の賃金は、全額支給されるのが一般的です(以上、第二東京弁護士会 労働問題検討委員会編『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、初版、平30〕209-210頁参照)。

 このように、自宅待機命令期間中の賃金支給が不要とされるケースは限定的なのですが、近時公刊された判例集に、全額不支給の適法性を認めた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した東京地判令2.6.25労働判例ジャーナル105-46 まるやま事件です。

2.まるやま事件

 本件で被告になったのは、繊維品の月賦販売や卸売販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で無期雇用契約を締結していた方です。職務上の地位を利用して金品の供与を受けたことなどを理由に、被告から懲戒解雇処分を受けたことから、解雇の無効を主張して、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 本件では、懲戒解雇処分に先立つ自宅待機命令期間中、原告に賃金が全く支払われなかったことから、待機期間中の賃金支払の要否も、争点の一つになりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、使用者の賃金支払義務を否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は平成30年6月2日に原告に対して自宅待機を命じ(本件自宅待機命令)、原告は同日から就労していない・・・。」

「この点、被告は本件自宅待機命令により原告の労務の提供の受領を拒絶する意思を明確にしたといえるが、就業規則98条2項は同項に定める事由がある場合には賃金を支払わずに自宅待機を命じることができるものとされており、その場合には原告の不就労は被告の『責めに帰すべき事由』(民法536条2項)によるものといえないことになる。そこで、就業規則98条2項に定める事由、すなわち『社員の行為が諭旨解雇又は懲戒解雇事由に該当又はそのおそれがあり、不正行為の再発や証拠隠滅のおそれがあ』ったといえるか否かについて検討する。」

「前記・・・で認定したとおり、平成30年6月1日の時点で、被告において原告がインストラクター代等を不正に収受していた疑いを抱く根拠があったから、懲戒解雇事由に該当するおそれがあったといえる。」

「そして、インストラクター代等の請求は原告が担当する取引先である重松貿易からの商品の仕入れに関してされたものであり、その証拠となり得る物等が職場内にあった可能性があったといえること、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は健康社の買付け業務担当者として各店舗の店長に指示することが可能な立場にあったと認められること、前記のとおり原告は同月13日の事情聴取の際に不誠実な回答に終始し、税務代理権限証明書への署名、押印を拒否したことに照らすと、遅くとも原告に対する事情聴取がされた同月13日の時点では原告による証拠隠滅のおそれがあったというべきである。」

「そうすると、遅くとも同月13日の時点では『社員の行為が諭旨解雇又は懲戒解雇事由に該当又はそのおそれがあり、不正行為の再発や証拠隠滅のおそれがあ』ったというべきである。」

「したがって、被告が原告に対して賃金を支払っていない平成30年6月16日以降の原告の不就労は被告の『責めに帰すべき事由』によるものとは認められず、被告は原告に対して同日から解雇日である同月28日までの賃金の支払義務を負わない。」

3.不正調査に協力すべきか?

 本件では、不正調査に対する原告の非協力的な態度が理由の一つとなって、不正行為の再発・証拠隠滅のおそれを認定され、使用者の賃金支払義務が否定されました。

 昨日、

会社から不正行為の調査を受ける時、どのように対応すべきか - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を書きました。

 この記事の中で、不正調査に積極的に協力すべきか/消極的な対応に留めておくのかの判断基準ついて、大雑把な私見を示させて頂きましたが、細かなところでは、自宅待機期間中の賃金請求に繋げるかどうかも一つのポイントになります。

 冒頭で示したとおり、実務上は、不正行為の調査をするための自宅待機期間中の賃金は、全額支払われるのが一般です。しかし、使用者側から待機期間中の賃金の支払を止められる場合、不正調査に積極的に協力する姿勢を示すことで、不正行為の再発・証拠隠滅のおそれの認定を妨げるという対応が選択肢に生じます。

 使用者側の手持ちの客観証拠だけでも有効な懲戒解雇処分がなされそうであること、自宅待機期間が長期に及ぶと見込まれること、使用者が自宅待機期間中の賃金の支払を停止しようとしていることなどの状況の下では、最低限、自宅待機期間中の賃金の支払を確保することに力点を置き、不正調査に積極的に協力するという選択が合理性を持つことがあります。

 昨日も書いたとおり、不正行為の調査が現在進行している時に、どのように対応するのかは、極めて判断の難しい問題の一つです。選択肢の絞り込みにしても、意思決定の考慮要素にしても、かなり複雑で高度な判断が必要になります。そのため、不正行為の調査対象になった時には、出来る限り早い段階で対応を弁護士に相談することが推奨されます。