弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

既婚者が異性に対して持つ好意からは、性的同意までは推認できないとされた例

1.セクハラと迎合的言動

 セクシュアルハラスメントの被害者心理について、最一小判平27.2.26労働判例1109-5L館事件は、

「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられる」

との経験則を示しました。

 この最高裁判例以降、被害者がセクハラを理由とする損害賠償請求訴訟において、迎合的言動を問題視しない裁判例が頻出するようになっています。迎合的言動を真に受けた方による、

「性的な同意があった」

という主張は、通ることの方が遥かに少ないのではないかと思います。そうした傾向は、近時公刊された判例集に掲載されていた、大阪地判令6.9.13労働判例ジャーナル154-30 NTT ExCパートナー事件からも読み取れます。

2.NTT ExCパートナー事件

 本件で被告になったのは、

教育研修の企画・実施及び教育システムの企画・開発・販売・運営等を目的とする株式会社(エヌ・ティ・ティラーニングシステムズ株式会社)を合併した会社(被告会社)

被告会社で勤務する50代の既婚者男性(被告P2)

です。

 原告になったのは、被告会社に勤務する40代の既婚者女性です。

被告P2から誘われて二人で食事をした後、承諾していないにもかかわらずキスをされたことが不法行為に該当するとして被告P2に慰謝料を請求するとともに、

被告会社に対して、使用者責任、職場環境配慮義務違反を主張して慰謝料を請求する

訴えを提起したのが本件です。

 これに対し、被告P2は、

「被告P2が原告との関係につき、被告会社内において優越的な立場にあったことはない。」

「被告P2は、令和元年12月26日、原告と食事をした後、駅まで歩く道すがら、どちらからともなく手をつなぎ、駅に到着した際に、どちらからともなくキスをしたものであって、原告の意思に反して手をつないだりキスをしたりしたものではない。」

「本件行為は、原告と被告P2のそれまでの職務内外のやり取りを前提に、両名の間で親しい関係に至った状態で、互いの明示又は黙示の同意の下でなされたものであって、不法行為を構成しない。」

「本件行為前後の原告と被告P2との一定の好意を寄せ合うLINEのやり取りや、会食の経緯などに鑑みれば、本件行為は原告と被告P2の私的な会食後の出来事であり、職場におけるセクハラには該当しない。」

と反論しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「令和元年12月26日(本件行為当日)の出来事」

「原告と被告P2は、京橋で待ち合わせをし、京阪電車で移動し、京都市中書島駅の近くの居酒屋で、二人で食事をした。」

「原告は、被告P2との食事中か居酒屋から駅までの帰り道であったかは定かではないものの、年始は空いている、いつでも離婚できる、東京に一緒に異動してもいいという趣旨の発言をした・・・。」

「被告P2は、居酒屋を出てから原告の手をつなぎ、駅までの道を歩き、駅の近くに来たところで立ち止まり、原告の唇に1回、短時間のキスをした(本件行為)。原告は、この時、被告P2の手を振り払ったり、キスされることに抵抗したりする素振りは見せなかった。その後、原告と被告P2は、別々の電車に乗って帰宅した。・・・」

「被告P2は、原告と別れた後の午後11時24分、原告に対し、LINEで『今日もほんま楽しかった。好きな気持ち伝えられて良かった。気を付けて帰るように!』とのメッセージを送った。被告P2は、原告から返事がなかったことから、午後11時28分、原告に対しLINEで『おーい!返事ないけど大丈夫か~』とのメッセージを送った。これに対し、原告は、被告P2に対し、午後11時29分に『大丈夫ですよ。ちゃんと電車乗ってますし…何より最寄駅まで送ってくださったのがありがたいです。』と、午後11時32分に『大丈夫ですよ、今日、楽しかったから。ちゃんと帰ります。』とのメッセージを送った(LINEのやり取りの詳細は、別紙2の『295』~『323』のとおり。ただし、認定事実・・・参照。)。・・・」

(中略)

「被告P2は、本件行為について、原告の同意があり、不法行為が成立しないと主張する。認定事実・・・によれば、被告P2は、本件行為をすることについて、原告の明示の同意を得ていない事は明らかであるから、黙示の同意があったか否かについて、以下検討する。」

「認定事実・・・によれば、原告と被告P2は、令和元年12月11日に被告P2が、原告を『ヨメのP8』と呼び始めたのを契機として、『ヨメ』、『ダンナはん』などと呼び合うようになっていたほか、同月16日には、原告が、原告からの誘いを断った被告P2に対し、『あんまり距離置くと泣きますよ、ヨメ。』、『一緒にいましょ。P2さん、男前、大好きです。』などとメッセージを送り、同月23日には、被告P2からの『ほんまにP4って言うたらいかんけど好きや。』とのメッセージに対し、原告も、『良い感じでわたしも好きですよ、P2さん。』などと返信するなど、お互いに好意を持っているかのように読めるLINEのやり取りを行う関係にあったことは認められる。」

「もっとも、原告と被告P2はいずれも既婚者であることからすると、仮に原告が被告P2に対して好意を持っていたとしても、直ちに被告P2と性的な行動に当たるキスをすることについてまで同意していることまでは推認できないというべきである。そして、証拠・・・によれば、原告は、本件行為を受けた直後の同月26日午後11時23分~午後11時42分にかけて、知人女性に対し、『センセイかの(原文のまま)突然の告白…死んでも良いかな。』、『サシ飲み行ったワタシが悪いんかな?』、『これは不味い。』、『忘れたいわ。お手軽なんやろな、ワタシ。』などと、本件行為を不快に思っていることをうかがわせる内容のLINEのメッセージを送信していることが認められる。加えて、原告は、本件行為の3日後になされた、二人で年始に会おうという趣旨の被告P2からの誘いを直ちに断っていること・・・、原告が、令和2年1月中旬には、原告及び被告P2の上司であるP5課長に対し、被告P2の言動に関する相談をしていること・・・等の事情を総合考慮すると、原告としては、被告P2からキスされることについて、黙示にも同意をしていたとは認められない。

そして、本件行為は、原告の同意なく性的な行動であるキスをしたというものであるから、本件行為が職場におけるセクハラに該当するか否かにかかわらず、原告に対する不法行為を構成するというべきである。

「この点につき、被告会社は、原告は、被告P2から好意を示す内容のLINEのメッセージに対し、これを否定することなく、原告も好意があると被告P2に誤信させるような内容のメッセージを送っていることや、原告が本件行為を受けたその場で強い拒絶をせず、その後のLINEのやり取りでも強い拒否を示していないこと等を指摘し、本件行為は社会通念に照らして不相当とされる程度に至っていない旨主張する。」

「しかし、原告は、被告P2とLINEのやり取りをしている間、同僚として同じプロジェクトを担当する関係にあったことや、プロジェクト終了後も同一の部署で勤務することになること等の事情が存在することを考慮すると、原告が、被告P2に対し、その場で本件行為を強く拒んだり、拒否感を示したりすることができなかったとしても、不自然・不合理とまではいえない。そして、原告及び被告P2がいずれも既婚者であることからすると、一般的には、お互いに好意を持っていたとしても、ただちに性的行動に出ることについて社会通念上当然に正当化されるものではないことからすると、被告会社が指摘する諸事情を考慮したとしても、本件行為が社会通念に照らして不相当とされる程度に至っていないと評価することはできないというべきである。」

3.知人や上司に対する相談の痕跡があれば同意は通らない

 この事件からは幾つかの二つの示唆が得られます。

 一つ目は、返ってくるLINEの文字を真に受けてはならないということです。

 LINEによる言葉のキャッチボールが上手く行っていると勘違いしがちなのですが、相手方が知人や上司に真意ではなかったことを伺わせるような相談をされていた場合、それだけで同意は不存在と認定される可能性があります。影で自分との関係を誰にどう相談しているのかといった事情は分からないのが普通です。同意があると思っていたところ、突然、足元を掬われることになります。一方当事者が既婚者である場合、ネガティブな相談をされていることは少なくなく、既婚者が職場で異性に性的接触をすることは極めてリスクの高い行為だといえます。

 二つ目は、僅かでも痕跡が残っていれば、訴訟事件にできる可能性があるということです。

 好意を示すような言動が積み重ねられていたとしても、それと矛盾する行動証拠が残っていれば、「同意があった」という主張を打ち負かせる可能性があります。被害者にとっては、本件のような裁判例は、権利を主張して行くにあたり、大きな助けになるのではないかと思います。

 異性に対する好意と性的同意とを切り離した事例として、実務上参考になります。