弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

性同一性障害の男性の化粧を禁止することは許されるのか?

1.性同一性障害

 性同一性障害(Gender Dysphoria/Gender Identity Disorder; GD/GID)とは、性別の自己認知(Gender Identity;心の性)と身体の性(Sex)が一致せずに悩む状態であるとされています。

性同一性障害 | 泌尿器科の病気について | 名古屋大学大学院医学系研究科 泌尿器科学教室

 性自認や性的指向で少数派に属していることは、当事者の悩みや不安のもとになるほか、不当な差別の原因にもなるため、国をはじめ多くの団体・個人が、啓発活動を行っています。

http://www.moj.go.jp/JINKEN/LGBT/index.html

 このような活動が進んだこともあり、性的少数者の性自認や性的指向を尊重しようという社会的な気運は、年々高まりつつあります。そして、こうした社会情勢は、裁判所の判断にも影響を与えています。

 近時公刊された判例集に、性同一性障害の男性に化粧を禁止することの可否が問題となった裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.7.20労働経済判例速報2431-8 Y交通事件です。

2.Y交通事件

 本件は、就労拒否された労働者が申し立てた仮処分事件です。仮処分事件では、賃金の仮払を求める労働者を債権者と、賃金を支払う立場にある会社を債務者といいます。

 本件で債務者になったのは、タクシー会社です。

 債権者になったのは、生物学的性別は男性であるものの、性別に対する自己意識は女性である性同一性障害の方です。債務者と労働契約を締結し、タクシー乗務員として勤務していました。

 しかし、債務者は、化粧をしていたことなどを理由に、債権者に対し「乗らせるわけにはいかない。」と述べ、債権者の就労を拒否しました。こうした取り扱いを受け、不就労を理由に賃金を支払われなくなった原告の方が、経済的に困窮し、賃金仮払いの仮処分を申し立てたのが本件です。

 債務者による就労拒否の根拠になったのは、就業規則の身だしなみ規定(本件身だしなみ規定)です

 債務者の就業規則には、

「身だしなみについては、常に清潔に保つことを基本とし、接客業の従業員として旅客その他の人に不快感や違和感を与えるものとしないこと。また、会社が就業に際して指定した制服名札等は必ず着用し、服装に関する規則を遵守しなければならない。」

という身だしなみ規定が設けられていました。

 女性乗務員が顔に化粧を施して乗務をすることは、本件身だしなみ規定に違反するとは捉えられていませんでした。

 しかし、債務者は、

「タクシーでは、乗務員と乗客が閉ざされた狭い空間を一定時間共有することになり、乗務員が乗客に対し不快感を与えることがあってはならない。快不快を決める権限は乗客の側にあるというべきところ、男性乗務員が、乗客に身体的な接触を持とうとすることはもちろんのこと、化粧をすることについても不快に感じる乗客が多く、債務者は、債権者に対し、服務規律に従って乗客に不快感を与えるような身だしなみで乗務することがないよう伝えていた。男性乗務員が化粧をした場合、不快感や違和感を抱く乗客が多くならざるを得ないことからすると、男性乗務員の化粧を禁止することには十分な合理性がある。」

などと述べ、原告男性に対する就労拒否は正当であると主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、債務者の主張を排斥し、債権者に女性職員と同等に化粧を施すことを認めました。

(裁判所の判断)

「社会の現状として、眉を描き、口紅を塗るなどといった化粧を施すのは、大多数が女性であるのに対し、こうした化粧を施す男性は少数にとどまっているものと考えられ、その背景には、化粧は、主に女性が行う行為であるとの観念が存在しているということができる。そのため、一般論として、サービス業において、客に不快感を与えないとの観点から、男性のみに対し、業務中に化粧を禁止すること自体、直ちに必要性や合理性が否定されるものとはいえない。」

「しかしながら、債権者は、医師から性同一性障害であるとの診断を受け、生物学的な性別は男性であるが、性自認が女性という人格である・・・ところ、そうした人格にとっては、性同一性障害を抱える者の臨床的特徴・・・に表れているように、外見を可能な限り性自認上の性別である女性に近づけ、女性として社会生活を送ることは、自然かつ当然の欲求であるというべきである。このことは、生物学的性別も性自認も女性である人格が、化粧を施すことが認められていること、あるいは、生物学的性別が男性である人格が、性自認も男性であるにもかかわらず、業務上、その意に反して女性的な外見を強いられるものではないこととの対比からも、明らかである。外見を性自認上の性別に一致させようとすることは、その結果として、A渉外担当が『気持ち悪い』などと述べた・・・ように、一部の者をして、当該外見に対する違和感や嫌悪感を覚えさせる可能性を否定することはできないものの、そうであるからといって、上記のとおり、自然かつ当然の欲求であることが否定されるものではなく、個性や価値観を過度に押し通そうとするものであると評価すべきものではない。そうすると、性同一性障害者である債権者に対しても、女性乗務員と同等に化粧を施すことを認める必要性があるといえる。

加えて、債務者が、債権者に対し性同一性障害を理由に化粧することを認めた場合、上記のとおり、今日の社会において、乗客の多くが、性同一性障害を抱える者に対して不寛容であるとは限らず、債務者が性の多様性を尊重しようとする姿勢を取った場合に、その結果として、乗客から苦情が多く寄せられ、乗客が減少し、経済的損失などの不利益を被るとも限らない。

(中略)

「以上によれば、債務者が、債権者に対し、化粧の程度が女性乗務員と同等程度であるか否かといった点を問題とすることなく、化粧を施した上での乗務を禁止したこと及び禁止に対する違反を理由として就労を拒否したことについては、必要性も合理性も認めることはできない。

したがって、債務者は、債権者の化粧を理由として、正当に債権者の就労を拒否することができるとの主張を採用することはできない。

3.社会が変われば差別の口実も消える

 この判決で最も興味深いと思ったのは、

「債務者が、債権者に対し性同一性障害を理由に化粧することを認めた場合、上記のとおり、今日の社会において、乗客の多くが、性同一性障害を抱える者に対して不寛容であるとは限らず、債務者が性の多様性を尊重しようとする姿勢を取った場合に、その結果として、乗客から苦情が多く寄せられ、乗客が減少し、経済的損失などの不利益を被るとも限らない。」

と社会情勢の変化を指摘したうえで、

男性乗務員の化粧→敬遠による乗客減→経済的損失などの不利益、

との因果経路を否定している部分です。社会から偏見がなくなりつつあることが、会社の主張を排斥する根拠に使われています。

 この判示には、社会的な人権意識の高まりが裁判所を動かし、裁判所の判断が更に社会や企業に警鐘を鳴らし、更に不合理な差別を解消する方向に世の中を動かしていくという、裁判の持つ可能性が表れています。

 性同一性障害をめぐっては、一昨年12月にも、トイレの使用をめぐって画期的な判決が言い渡されています。

性同一性障害者が自認する性別に対応するトイレを使用する利益と行政措置要求の可能性 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 人権意識、差別解消に向けた気運が急速に高まっている分野であり、今後とも裁判例の動向が注目されます。