1.変形労働時間制
変形労働時間制という仕組みがあります。これは、簡単に言えば、業務の繁閑に応じて労働時間を配分する制度です。
変形労働時間制のもとでは、法定労働時間(1日8時間、1週間40時間 労働基準法32条参照)を超える所定労働時間を定めることが認められます。そして、法定労働時間を超えて働いても、それが所定労働時間を超えない限り、原則として時間外勤務をしたという扱いを受けません(ただし、一定の例外はあります)。
変形労働時間制が導入されている企業で働いている人は、不規則なうえ、1日あたりの勤務が長時間に及んでいることが少なくありません。そのため、何等かの要因で変形労働時間制の法的効力が否定された場合、請求できる残業代は高額になる傾向があります。
昨日ご紹介した、大阪地判令2.9.3労働判例ジャーナル106-40 ブレイントレジャー事件も、変形労働時間制の効力が否定され、残業代が跳ね上がった事件の一つです。
2.ブレイントレジャー事件
本件は、いわゆる残業代請求事件です。
被告になったのは、ホテルの経営等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告との間で業務委託契約を締結し、被告の経営するラブホテルのフロント業務に従事していた方です。業務委託契約の実質は労働契約であるとして、自らの労働者性を主張し、時間外勤務手当等(残業代)を請求する訴えを起こしました。
本件では、原告の労働者性のほか、変形労働時間制の有効性も議論の対象になりました。
被告が採用していた変形労働時間制は、1か月単位のものです(労働基準法32条)。被告は、午前11時から翌日の午前11時までを基本的な勤務時間とし(ただし、休憩・仮眠時間4時間、昼食時間1時間、夜食時間1時間)、原告を含めた3名の従業員にフロント業務を行わせていました。結果、原告は約3日に1回の割合でフロント業務に従事することになりました。
このような働き方をすると、1か月あたりの労働時間は、180時間を超えることになります。
しかし、1か月単位の変形労働時間制では、
「一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間(週40時間 括弧内筆者)を超えない」
定めをすることとされています(労働基準法32条の2第1項)。
つまり、1か月あたりの労働時間は、
40時間×(30日ないし31日)/7日=171.4時間~177.1時間
以下でなければなりません。
本件では、このように法が設けている労働時間の枠を超える所定労働時間を定めていた変形労働時間制の効力が問題になりました。
裁判所は、次のとおり述べて、変形労働時間制の効力を否定しました。
(裁判所の判断)
「被告においては、1か月単位の変形労働時間制が採用されている・・・ところ、かかる変形労働時間制が有効となるためには、変形期間である1か月内の平均労働時間が、一週間当たり40時間以内でなければならない(労基法32条の2第1項)。かかる要件を満たすためには、1か月の所定労働時間が、40時間を7日で除した数値に当該月の暦日数を乗じた数値を超えるものであってはならず、具体的には、被告の就業規則8条3項・・・で示されているとおり、1か月の暦日数が、〔1〕31日の場合は、177.1時間、〔2〕30日の場合は、171.4時間、〔3〕29日の場合は、165.7時間、〔4〕28日の場合は、160時間を上限とするものでなければならない。」
「被告は、変形期間の対象となる週及び日の特定をシフト表によって行ない、1勤務日当たりの労働時間は18時間と設定されている・・・ところ、原告は、三日に一度の頻度で業務に従事していたため、本件請求期間における原告の勤務日は、別紙2〔1〕(裁判所時間シート)のとおり・・・であり、おおよその月において、1か月当たりの勤務日が10ないし11日となっている。そうすると、被告の主張する1勤務日当たりの労働時間数18時間を前提としても、これに勤務日数を乗じた数値は、本件請求期間におけるおおよその月において、180時間を超えるものとなり、上記の上限時間を超えることとなる。」
「したがって、本件における変形労働時間制の定めが有効であるとはいえない。」
3.変形労働時間制の効力が否定された結果・・・
上述のように変形労働時間制の効力が否定された結果、どうなったのかというと、裁判所は、被告に対し、775万8029円の残業代と、520万2182円の付加金を原告に支払うよう命じました。
本件で原告が受け取っていた賃金(業務委託料)は、フロント業務委託費20~22万円+追加業務分(0~11万4000円)+諸費用(5000円)で構成されており、必ずしも高額であったわけではありません。
しかし、変形労働時間制の有効性が崩れると、原則通り1日8時間を超過する労働には時間外勤務手当が発生します。丸一日稼働するとなると、1回あたりの勤務で多くの残業時間が積み重なります。結果、元賃金がそれほど高額ではなかったとしても、残業代が跳ね上がることになります。
変形労働時間制は要件が複雑であり、個人的な実務経験に照らしても、精査すれば存外ほころびが見つかることが多いように思われます。
変形労働時間制で働いてる人は、その変形労働時間制が本当に有効なものなのか、一度弁護士のもとに相談しに行ってみてもいいように思います。