1.証拠保全と相手方による弁護士の選任
民事訴訟法234条は、
「裁判所は、あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情があると認めるときは、申立てにより、この章の規定に従い、証拠調べをすることができる」
と規定しています。この手続を「証拠保全」といいます。
「あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情があるとき」の典型は、放っておくと証拠が破棄・隠匿・偽造・変造されるような場合です。こうした危険があるときは、相手方との交渉を経ることなく、この手続を利用して証拠を保全しておくことがあります。
ただ、この手続は、相手方との交渉を開始した後、使われることもあります。通常、任意開示してくれてもいい証拠資料が開示されていない場合が典型です。こうした場合、交渉継続中に証拠が破棄・隠匿等されてしまうことを回避するため、急ぎ証拠保全を申し立てることがあります。
それでは、交渉中、相手方に代理人弁護士が選任されていることは、証拠保全の必要性との関係でどのように評価されるのでしょうか?
弁護士は「職務基本規程」という日弁連会則を守ることになっています。
職務基本規程は、20条で、
「弁護士は、事件の受任及び処理に当たり、自由かつ独立の立場を保持するように努める」
と規定し、5条で、
「弁護士は、真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行うものとする」
と規定しています。
要するに、依頼者と無暗に一体化することなく、真実を尊重しながら仕事をしなければならないということです。
こうした義務があるため、弁護士は、依頼者に不利なことを了解を得ないまま積極的に外部に喋ったりすることはしないにせよ、依頼者から「不利な証拠を捨てて良いか」などと聞かれたら「それはダメだ。こちらから積極的に出す必要はないものの、裁判所から出せと言われたら出さなければならない。」と答えるのが普通です。このような形で弁護士は、証拠が破棄・隠匿等されることを防ぐためのゲートキーパーとしての役割を担っています。
そうであれば、相手方に弁護士が選任されていることは、証拠保全の必要性を否定する方向に作用しないのでしょうか? 昨日ご紹介した、名古屋高判令7.2.13労働判例1345-12 坂井電機(証拠保全申立)事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。
2.坂井電機(証拠保全申立)事件
本件で相手方になったのは、無人搬送車政策・システム設計等を業とする株式会社です。
申立人(広告人)になったのは、致死性不整脈で死亡した労働者の遺族です。致死性不整脈の原因は長時間労働にあるとして安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求訴訟を提起するにあたり、タイムカード、出勤簿、出退勤時間が記載された資料、パソコンのログデータ等の検証を求める証拠保全申立をしたのが本件です。
申立人が証拠保全を使ったのは、訴外での資料提供の依頼を拒まれたからです。
原審地裁は、あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情があるとは認められないとして申立を却下しました。これに対し、申立人側が抗告(不服申立)に及んだのが本件です。
裁判所は、次のとおり述べて、原審を破棄し、事件を地裁に差し戻しました。
(裁判所の判断)
「抗告人が提起することを予定している訴訟においては、亡一郎の実労働時間の把握が重要となると考えられるところ、前記・・・の認定事実によれば、相手方は、抗告人に亡一郎の出勤明細表(7か月分)を開示したものの、その記載内容等に照らし、今後、入力された出退勤時刻の正確性等を巡って争われることが予想される。また、本件検証物はいずれも労働時間の把握のために必要な客観的資料であると認められるところ、一般的にみて、従業員の家族である抗告人に対し開示をすることに支障があるとは認められない。本件検証物のうち、さらに、タイムカードによる記録や電子計算機の使用時間の記録による労働時間の記録の保存期間は3年とされている(労働安全衛生規則52条の7の3)。」
「以上の事情に照らせば、相手方において、自らに不利な証拠を改ざん、破棄又は隠匿するおそれがあると認めるのが相当であり、現時点において証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情があると認められる。相手方が弁護士を代理人として選任していることや、労働基準監督署の調査に応じる姿勢を示していることは、上記の認定判断を左右するには足りない。」
3.原審は弁護士の選任を必要性を否定する事情として見ていたが・・・
本件の原審は、
「相手方が弁護士を代理人として選任し、労働基準監督署への対応を依頼しているとみられることからすれば、申立人主張に係る事情(相手方が申立人に対する資料の追加提供を拒否したこと、相手方代理人と連絡がとれんらい時期があったこと等)を考慮しても、検証物目録記載の各物件について、具体的な改ざん等のおそれがあるということはできない。・・・現時点において、緊急に証拠調べを行う必要性は低下していると言わざるを得ない」
と述べ、代理人弁護士の選任を証拠保全に必要性を否定する事情としてみていました。
しかし、抗告審の裁判所は、代理人弁護士の選任は証拠保全の必要性を否定しないと判示しました。想像にはなりますが、
弁護士であれば資料提供に応じるのが合理的である、
弁護士がついていながら、資料提供に応じないのは、依頼人が弁護士のアドバイスを無視して証拠の破棄隠匿等に走ろうとしているのではないか、
という発想があったのかも知れません。
相手方に代理人弁護士が選任されていることと証拠保全の必要性との関係を考えるにあたり、裁判所の判断は、実務上参考になります。