弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

インハウス(組織内弁護士)相手なら人事権を持つ上司による個室での4時間の面談も許されるのか?

1.弁護士ならトラブルになっても平気?

 弁護士であればトラブルに遭っても自力で解決できるから平気だろう-このように考えている方は少なくないように思います。

 確かに、平気な弁護士もいることは否定しません。しかし、多くの弁護士にとって、自分の身に降りかかるトラブルに対処することは、決して楽なことではありません。

 他人(依頼人)のトラブルの解決にあたる時に感じるストレスと、自分自身のトラブルに対処する時に感じるストレスとは質的に異なるからです。前者の経験を幾ら積み重ねても、後者に慣れることはありません。また、他人のトラブルに対しては一歩引いた立場から冷静・客観的な対応が可能になるのに対し、自分自身のトラブルへの対応にはどうしても感情や主観が入ってしまいます。経済的な対価が発生するわけでもないし、他人が困るわけでもないため、面倒くさくなって、対応が遅滞したり、処理が御座なりになってしまったりすることもあります。こうしたことから、弁護士であっても、自分自身のトラブルに対処するにあたっては、他の弁護士を代理人として選任することが珍しくありません。

 実情を知っている立場からすると、トラブルの場面で「弁護士だから平気だろう」といった見方をされることには、かなりの違和感があります。しかし、こうした見方は社会に広く蔓延していますし、何なら裁判所からそう示唆されることもあります。昨日ご紹介した東京地判令3.11.15労働判例ジャーナル122-48 DMM.com事件も、そうした事件の一つです。

2.DMM.com事件

 本件で被告になったのは、インターネット動画配信等の事業を展開する株式会社です。

 原告になったのは、平成28年6月に被告に中途採用された法曹有資格者の方です。

 被告では中途採用については、先ず契約社員として半年間の有期雇用を行い、その雇用期間内の評価に応じて、契約社員として有期雇用を更新するか、正社員として無期雇用するかを判断する方法がとられていました(被告の採用方法)。

 しかし、被告の採用方法は、

「使用者が労働者を新規に採用するに当たり、その雇用契約に期間を設けた場合において、その設けた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、右期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き、右期間は契約の存続期間ではなく、試用期間であると解するのが相当である。」

と判示した最三小判平2.6.5労働判例564-7 神戸弘陵学園事件に抵触する可能性がありました。

 これを違法だとする原告に対し、被告は人事権を持つ上司2名による長時間(約4時間)の面談を実施しました。面談では被告の採用方法の適法性に疑義のあることを同僚と共有したのかといったことなどが問い質されました。こうした面談は自身の精神的自由や人格的利益を侵害するものであるとして、原告は被告に対して慰謝料等の支払いを求める訴えを提起しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて強圧性を否定しました。結論としても、原告の請求を棄却しています。

(裁判所の判断)

「本件面談では、原告が自身の見解や信念を論理的に述べたり、臆することなくP3部長らと丁々発止の議論を行うなどしている様子を見てとることができ、少なくともP3部長らが一方的に質問や命令を続けているものではないし、強圧的な文言も全く用いられていない。」

「原告は、本件面談は、人事権を持つ上司との間で個室で約4時間にわたり行われたものであることを指摘する。しかし、本件面談時の双方のやりとり・・・をみると、原告とP3部長らとの議論の応酬が終始間断なく続いており、そのために長時間に及んだという面は否定できないし、P3部長らと原告との関係をみても、原告は法曹資格を有し、P2会長との直接の折衝を経て、アフリカ事業部の中で最高クラスのP4部長やP5部長よりも良い待遇で被告に入社しているという経緯もあり、議論の巧拙やアフリカ事業部内でのプレゼンスという点では、古典的な会社内での上下関係とみることができないともいえる。そうすると、単純に、長時間にわたるとか、人事権を有する上司との面談であるという上記のような事情だけを切り出して、強圧性の現れとみることは相当ではない。

「また、原告は、P3部長らが労使の対立構造を挙げ、『敵対行動』・・・などの不利益を受けるおそれを感じさせる文言を用いていたと主張するが、本件面談の性質上労使の見解の対立に言及することは不可避であるし、『敵対行動』という表現は原告が用いたものに呼応するように述べられたにすぎないように見受けられ・・・、これらが原告への不利益を示唆するものともいい難く、本件面談の強圧性を基礎づけるとはいえない。」

3.違法だと言っている弁護士に延々質問を重ねるのは十分強圧的ではないのか?

 法専門家は考えたうえで違法/適法の判断を行っています。非専門家から幾ら質問を受け続けたところで見解が変わることは殆どありません。

 人事権を背景に4時間にも渡って延々と質問を繰り返すことは、専門性を尊重する姿勢に欠けるうえ、十分強圧的であるように思われます。原告の方が臆することなく議論を行ったのは、違法行為に加担できないという矜持や職務基本規程上の義務の問題であり、圧力を感じていなかったというわけではないだろうとも思います。

 適法性に疑義のある行為を抑制できなくなるのではないかという観点からも、インハウスに対する本件のような干渉を許容することには疑義があります。