弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

加害者の過失の重大性が根拠となって過失相殺が否定された例

1.広範すぎる過失相殺

 民法722条2項は、

「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」

と規定しています。

 被害者に過失がある場合、この規定を根拠に賠償額の一部がカットされます。これを「過失相殺」といいます。

 この過失相殺の法理は、実務上、極めて広い範囲で適用されています。落ち度とはいえない身体的・精神的な要素があるにすぎない場合にまで(類推)適用される例があるくらいです(例えば、心因的要素が損害の拡大に寄与した事案について、最一小判昭63.4.21民集42-4-243参照)。

 落ち度がない場合にも「損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念」(上記最判)のもと、ザクザクと賠償額が減じられてしまうため、過失相殺はしばしば被害者にとって酷な結果を招きがちです。

 このような問題意識を持っていたところ、近時公刊された判例集に、被害者に一定の落ち度がありながら、加害者に重大な過失があることを理由に、過失相殺が否定された裁判例が掲載されていました。福岡地小倉支判令4.1.20労働判例ジャーナル122-56 損害賠償請求事件です。

2.損害賠償請求事件

 本件で原告になったのは、県立高校に在学していた方です。硬式野球部での練習中、右側頭部に打球が直撃して外傷性蜘蛛膜下出血等の傷害を負ったうえ、右側感音性難聴・内耳機能障害等の後遺障害が残ったのは、部活動顧問による安全配慮義務違反が理由であると主張し、高校設置者である地方公共団体に対して損害賠償を求める訴えを提起しました。

 事故当時、原告は打撃投手をしていました。原告に打球が直撃したのは、投球後にL字型の防球ネットに身体を隠すのが遅れたことも一因となっていました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、部活動顧問による過失の重大性を根拠に過失相殺を否定しました。

(裁判所の判断)

「高野連が、打撃練習時に、打撃投手を務める者に対して投手用ヘッドギアの着用を義務付けたのは、硬式球が打撃投手の頭部に当たれば生命身体に重大な危険が生じるおそれが高いところ、打撃投手を務める者と打者との距離及び打球の速さを勘案すると、L字ネットだけでは当該打撃投手が打球を避けられない場合があることによるものと解される。」

「しかも、本件事故時の打撃練習においては、打撃投手と打者との距離が公式ルールで定められた距離よりも短く、約15mしかなかったことからすれば、打撃投手はL字ネットだけでは打球を避けることができず、打球が打撃投手の頭部に当たる可能性が高くなっていたといえる。そうすると、B教諭が、打撃投手を務める原告に対し、その生命身体の安全を確保するため投手用ヘッドギアを着用するよう指導する必要性は高く、配布されていた指導者必携の記載を確認せずこれを怠ったB教諭の過失は重大であるというべきである。

そうすると、前記認定事実・・・のとおり、本件事故が、原告がL字ネットに身体を隠すのが遅れたことも一因となって発生したものであるとしても、損害の公平な分担という見地に鑑みると過失相殺を認めることは相当とはいえず、被告の主張は採用できない。

3.安易な過失相殺の適用は慎まれるべきではないだろうか

 本邦の損害賠償法は「加害行為がなかった水準にまで実損害を填補する」という考え方で成り立っています。過失相殺が適用されることは、被害を受けていながら、損害の穴埋めすらされないことを意味します。適用範囲が極めて広いうえ、裁判所が慰謝料の認定に謙抑的であるため、過失相殺は被害者泣かせの仕組みといえます。

 確かに、被害者にも相応の落ち度がある場合には仕方ないのですが、極軽微な落ち度があるにすぎない場合や、加害者側の落ち度が圧倒的に大きい場合にまで過失相殺を広範に適用することに対しては、抑制的になった方がいいのではないかと思っています。

 本件の裁判所が使った論理はシンプルなもので、他の事案にも応用が利きやすいものになっています。過失相殺を防ぐため、本裁判例は積極的に活用して行くことが期待されます。