弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

一義的明白に法令に反する指示でない限り、インハウス(組織内弁護士)は従わなければならないのか?

1.組織内弁護士

 官公署又は公私の団体において職員若しくは使用人となり、又は取締役、理事その他の役員となっている弁護士のことを組織内弁護士といいます(弁護士職務基本規程50条参照)。この組織内弁護士はインハウス(In-house lawyer)といわれることもあります。

 職務基本規程上、組織内弁護士は、

「弁護士の使命及び弁護士の本質であ る自由と独立を自覚し、良心に従って職務を行うように努める」(弁護士職務基本規程50条)、

「その担当する職務に関し、その組織に属する者が業務上法令に違反する行為を行い、又は行おうとしていることを知ったときは、その者、自らが 所属する部署の長又はその組織の長、取締役会若しくは理事会その他の上級機関に対する説明又は勧告その他のその組織内における適切な措置をとらなければならない」(弁護士職務基本規程51条)

とされています。

 つまり、組織からの命令でろうが、職務倫理上、法令に違反する行為をすることはできないとされています。

 しかし、法令遵守に対する意識が高まっている昨今、会社が一義的明白に法令に違反する業務命令を出すことは、そうそうあることではありません。

 それでは、会社からグレーな方針に従うことができるかと問いかけられた時はどうでしょうか。自分では違法だと思っていても、業務命令に従わなければ問題視されてしまうのでしょうか? 法専門家として違法であると述べている弁護士に対し、会社は業務命令に従えるかと踏み絵を迫るようなことができるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.11.15労働判例ジャーナル122-48 DMM.com事件です。

2.DMM.com事件

 本件で被告になったのは、インターネット動画配信等の事業を展開する株式会社です。

 原告になったのは、平成28年6月に被告に中途採用された法曹有資格者の方です。

 被告では中途採用については、先ず契約社員として半年間の有期雇用を行い、その雇用期間内の評価に応じて、契約社員として有期雇用を更新するか、正社員として無期雇用するかを判断する方法がとられていました(被告の採用方法)。

 しかし、被告の採用方法は、

「使用者が労働者を新規に採用するに当たり、その雇用契約に期間を設けた場合において、その設けた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、右期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き、右期間は契約の存続期間ではなく、試用期間であると解するのが相当である。」

と判示した最三小判平2.6.5労働判例564-7 神戸弘陵学園事件に抵触する可能性がありました。

 これを違法だとする原告に対し、被告は人事権を持つ上司2名による長時間(約4時間)の面談を実施しました。面談では被告の採用方法の適法性に疑義のあることを同僚と共有したのかといったことなどが問い質されました。こうした面談は自身の精神的自由や人格的利益を侵害するものであるとして、原告は被告に対して慰謝料等の支払いを求める訴えを提起しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「原告は、P3部長らによる本件面談が不法行為に当たると主張するところ、本件面談の必要性や質問内容、P3部長らの動機、本件面談時の状況や発言態様などの観点から検討することとする。」

(中略)

「本件面談の背景についてみると、P3部長らは、アフリカ事業部の人事権を有する者であったことから、原告に対する人事評価を行うべき立場にあり、かつ、同事業部の人事の円滑な運営に責任をもつ立場にもあったといえるところ、本件面談当時、原告が被告の採用方法に異論を述べるメールを送信してくるなど、原告が被告の採用方法を問題視していることが窺われる状況にあった。」

「被告やP3部長らにおいては、被告の採用方法が違法なものであるという認識はなかったため、P3部長らは、例えば、原告が、被告の採用方法が違法であるなど被告とは異なる見解を同僚に殊更喧伝しているなどということになれば、アフリカ事業部の人事の円滑な運営に支障を来すことにもなりかねないことに加え、原告自身の被告の採用方法についての理解ひいては原告の管理職としての適性にも疑問を抱かしめる事情ともなるものと考え、原告の行動の実態やその前提となる考え方を確認すべく、本件面談を実施したものといえる。そうすると、本件面談には業務上の必要性があるといえる。」

「そして、別紙のやりとりを通覧すれば、P3部長らは、主として、同僚に対して、労働者に有利な判例があり、裁判を起こせば勝てるかもしれないなどと伝えたことがあるのか、今後もそのようなことをする可能性があるのかということを尋ねており、ここから派生する本質的な問いとして、違法ではない範囲で原告の見解や信念と被告のそれとが相違する場合に、被告の決定に従うことができるかなどを質問しているものである。」

「上記のとおりの本件面談の背景や必要性に加え、被告は使用者として原告に対する包括的な指揮監督権限を有しており、原告はこれに従うべき義務を負っていることも踏まえると、上記の質問内容は、本件面談の背景や必要性に照らして不必要な範囲にまで及んでいるということはできないし、その質問内容自体も不合理なものとはいえない。」

原告は、P3部長らが被告の違法な方針に従うよう質問や命令を繰り返したと主張する。しかしながら、原告は、被告の採用方法が違法であるという前提に立っているものの、そもそも、被告の契約方式は、労働関係法令に一義的明白に反するようなものではなく、平成2年判例もその射程について議論があるものであって、その適法性は、被告の採用方法に関する事情や各従業員に係る個別事情をも踏まえた司法審査によらなければ判断し得ないはずのものである(現に、前訴判決も被告の採用方法自体に問題はなく、平成2年判例とも矛盾しないとの判断を示しているし、後述のとおり当裁判所もそのように考える。)。したがって、違法な方針に従うことを強いられたという原告の主張は、依って立つ前提を欠いているものといわざるを得ない。

「原告は、P3部長が『違法』と述べた部分・・・があることから、被告が被告の契約方式を違法と認識していると指摘するが、この部分は、『違法ですよ、判例でありますよって僕らにメール送ってくれたじゃないですか』とP3部長が原告から受信したメールの趣旨を要約しているにすぎないから、その指摘は牽強付会といわざるを得ない。また、P3部長は、『僕らマネージメントはこれから先、P1さんと考えが違っていて、それが会社のためだと僕らが思っていることで、法律的にアウトかアウトじゃないか、グレーだっていうところの、グレーという判断のものがあった場合、そういう風な考えがあるよっていうことを第三者にするということ?』・・・、『アウトはアウトだと思うんですよ。アウトはやっちゃいけないと思うんですけど、グレーなものがあってわからないものに関して、そういう選択を会社側が取ろうというときに、P1さんの正義と僕らの正義が合わなくて、会社側の決定に対して僕の正義は違うから仲間を守るためのチョイスをするということですよね?』・・・などと述べているとおり、むしろ違法な行為は行ってはならないことを明確に示しており、やはりP3部長らが被告の採用方針を違法と認識していたとは認められない。

「原告は、本件面談での質問によって、P3部長らが原告に正義感や信念を開示させたと主張するが、P3部長らは、業務とは無関係な思想良心の公表を求めているものではなく、業務において、違法ではない範囲で原告の見解や信念と被告のそれとが相違する場合に、被告の決定に従うことができるかを尋ねているにすぎず、上記のとおり、P3部長らの職責と使用者の包括的な指揮監督権限を考えたときには、不合理なものとまではいえない。」

「原告は、法的情報を同僚と共有したか否かは原告のプライバシーに属するとも主張するが、被告の採用方法に関する原告と他の従業員とのやりとりに関するものであって、原告の人事評価という意味でもアフリカ事業部の人事の円滑な運営という意味でも、P3部長らひいては被告側に無関係なものといえないことは上記のとおりであり、専ら原告の私的領域に関わる情報の公表を求められる質問であったとは評価し難い。」

(中略)

「上記のような事情を総合すると、質問した内容自体に照らせば、原告が主張するように、本件面談が原告の正義感や信念を開示させて原告の精神的自由を侵害したとか、原告のプライバシーなどの人格権を侵害したとは認められない。また、その他に本件面談やその質問内容は必要性ある範囲にとどまっていることや不当な動機・目的によるとも認められないほか、強圧的な部分も認め難いことなどの状況をみると、原告が主張するように、社会的に許容し得る限度を超えて、労働者としての活動に介入して原告の人格的利益を侵害したとか、パワーハラスメントとして原告の人格的利益を侵害したとも認められない。」

3.違法でない範囲において従えという質問なのか?

 違法でない範囲において従うことができるかという趣旨の発問であるとして、裁判所は被告による面談を適法だと判示しました。

 しかし、本件面談が裁判所の判示するような趣旨であったのかは疑問です。私には「グレーなんだから、会社の方針に従え。従うことができるのか?」と踏み絵を迫っているように感じられます。

 また、一義的明確に違法だといえるようなものではなければ、方針に従うように質問を繰り返すことも許されるといわんばかりの判示も、そのようなことを裁判所が述べて大丈夫なのかという気がします。会社で指揮命令を行う方は経営の専門家ではあっても法専門家ではありません。会社のグレーだという判断よりも、法曹有資格者の違法だという判断の方が類型的に信用できるはずです。組織内弁護士の側で違法だという認識を持っていても、会社がグレーだと言い張る限り、会社の判断に従わなければならないとすれば、会社の暴走への歯止めとしての役割を十分に果たすことができなくなってしまうことが懸念されます。

 違法だと述べている従業員が法曹有資格者であるという事案の特殊性を踏まえれば、本件には別異の判断も在り得たように思われます。