弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の配置換えにおいて、訴えの利益(いちじるしく不利益であること)が認められた例

1.公務員の配置換え

 民間の場合、配転の効力を争って訴訟提起すれば、裁判所から、転属先で勤務する労働契約上の義務の存否を判断してもらうことができます。

 しかし、公務員の場合、必ずしもそうは理解されていません。

 公務員の場合、配転は、行政処分(配置換えをする旨の処分)の形をとります。

 国家公務員を例にすると、自己に不利益を及ぼすことを理由に、配置換え処分の取消を求めて裁判所に出訴するにあたっては、審査請求前置といって、人事院の裁決を経ておく必要があります(国家公務員法92条の2)。

 しかし、国家公務員法は、不利益な処分一般を審査請求の対象として認めているわけではありません。国家公務員法は、審査請求の対象について、

「その意に反して、降給し、降任し、休職し、免職し、その他これに対しいちじるしく不利益な処分

と規定しています(国家公務員法89条1項参照)。

 つまり、単に不利益を受けるというだけでは審査請求の対象として取り扱ってはもらえず、「いちじるしく不利益」を受けるという関係が成立して初めて配置換え処分は審査請求の対象になります。

 そのため、不利益性の観点から配置換え処分の効力を争う場合、先ずは、不利益の著しさを主張して審査請求を行うことになります。審査請求でも配置換えの効力が失われず、維持された場合であって、初めて取消訴訟の提起が可能になります。著しい不利益が生じたと主張する場合、取消訴訟を提起しても、審査請求が経られていなければ、訴訟は不適法却下されます。

 なお、理論上は、

不利益が著しくない、

ゆえに、審査請求の対象にならない、

審査請求の対象にならない以上、審査請求を経ないまま訴訟提起しても、審査請求前置が満たされていないことを理由に不適法却下されることはない、

という理屈のもと、審査請求を経ずに、取消訴訟を提起することも考えられはします。

 しかし、配置換え処分の取消訴訟を遂行して行くにあたり、不利益性が著しくないという前提をこちらから作り出してしまうと、勝訴することは極めて困難になります。不利益性がないのだから取消訴訟の対象となる適格性すらない、国家公務員法は単に不利益を受けたにすぎない者まで一々救済する趣旨を有してはいないということで、実体判断にすら行き着かないまま、審査請求前置とは別の観点から、訴えが不適法却下されてしまうからです。

 そのため、配置換えの効力を争うにあたっては、「いちじるしい不利益」の存在を主張しながら、審査請求→取消訴訟 という流れで手続を進めて行くのが常道です。行政側で配置換えに「いちじるしい不利益」が伴っているとの認識がなかったとしても、公務員側は審査請求を行うことになります。

 それでは、この審査請求前置、取消訴訟の訴えの利益を基礎づける「いちじるしい不利益」とは、具体的にどのような不利益のことを指すのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.1.5労働判例ジャーナル111-40 国・東京矯正管区長事件です。

2.国・東京矯正管区長事件

 本件は法務教官として任用され、八王子少年鑑別所に勤務していた原告が、東京強制管区長から受けた平成31年4月1日付けで茨木農芸学区院に配置換えする旨の処分(本件処分)の適法性を争い、その取消を求めて出訴した事件です。

 原告は、勤務地の変更を伴い、著しく家庭の事情を無視しているなどと主張して、本件処分は「いちじるしく不利益な処分」に該当すると主張しました。

 被告は、本件処分が「いちじるしく不利益な処分」には該当しないとして、原告の主張を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件処分が「いちじるしく不利益な処分」であることを認めました(ただし、原告の請求は別の理由で棄却されています)。

(裁判所の判断)

「本件処分は『いちじるしく不利益な処分』(国公法89条1項)に当たり本件処分の取消しを求める法律上の利益があるといえ、また、下記・・・のとおり、本件処分の取消しの訴えは審査請求前置の要件を満たしていないという瑕疵は治癒されたものとみるのが相当であり、本件処分の取消しの訴えは適法である。」

「国公法90条1項は、同法89条1項に規定するその意に反して行う降給、降任、休職、免職その他いちじるしく不利益な処分又は懲戒処分を受けた職員は、人事院に対してのみ行政不服審査法による不服申立て(審査請求又は異議申立て)をすることができる旨規定し、国公法90条2項は、上記の処分及び法律に特別の定めのある処分を除くほか、職員に対する処分については不服申立てをすることができない旨規定している。そして、同法92条の2は、同法89条1項に規定する処分であって人事院に不服申立てをすることができる処分の取消しの訴えは、不服申立てに対する人事院の裁決等を経た後でなければ、提起することができない旨規定して、審査請求前置主義を定めている。」

「上記規定に照らせば、国公法は、同法89条1項に規定する処分でない限り、その取消しの訴えによる救済を認めない趣旨であると解され、同項に規定する処分に当たらない処分について、その取消しにより回復すべき法律上の利益はないものと解される。したがって、単なる配置換については、その処分の前後を通じ職員の勤務関係上の地位は同等であるから、それが同条同項にいう『いちじるしく不利益な処分』に該当しない限りは、その取消しを求める法律上の利益はなく、その取消しの訴えは、訴えの利益を欠く不適法な訴えであるというべきである。そして、本件処分が『いちじるしく不利益な処分』に当たり本件処分の取消しを求める法律上の利益が認められるためには、客観的又は実際的見地から、原告の身分、俸給、勤務場所、勤務内容等において、本件処分に伴う直接の法的効果としての不利益が認められなければならない。

「本件処分は、前記・・・のとおり、八王子少年鑑別所の専門官として勤務していた原告を茨城農芸学院の専門官として勤務させる旨配置換を命じたものである。これは、原告の身分、俸給等に異動を生ぜしめるものではないし、勤務内容も不利益に変更になると認めるに足りる証拠もない。また、同一の矯正管区内の異動である。」

「他方で、前記・・・のとおり、原告は、肩書住所地に自宅を所有していたところ、自宅から八王子少年鑑別所までは自転車で片道20分かからない程度であるのに対し、茨城農芸学院までは公共交通機関を利用すると片道3時間半程度かかり、肩書住所地から茨城農芸学院へ通勤するのは極めて困難であることには争いがないから、原告が単身赴任をするか、又は、原告が家族と共に肩書住所地の自宅から転居をしなければならなくなる。

「そして、前記・・・のとおり、原告が八王子少年鑑別所で勤務していた際、肩書住所地で原告と同居する配偶者は、横浜市内の私立学校で教員として就労していたことから早朝に自宅を出ており、また、乳がんの再発防止の治療そのほか複数の持病を抱えていたことから、原告が、肩書住所地から通学している中学3年生の長男及び小学5年生の長女の朝食の準備、弁当を作るなどの面倒を主に見るという役割分担をしていたところ、茨城農芸学院に配置換とされた結果、仮に原告が自宅から通勤する場合には在宅時間が短くなり家事等に費やすことのできる時間が大幅に減少し、また、仮に原告の配偶者と子が肩書住所地に居住したまま原告が単身赴任をする場合には原告が平日自宅に戻ることは想定されないこととなり、いずれにしても原告が子の面倒を主に見るなどの従前の家庭内の役割分担を踏まえた生活を送ることは困難な状況になるといえる。また、家族で転居する場合には原告の所有であるという自宅を離れることになる上に八王子市内又は同市近郊で中学受験や高校受験を控えているという子らに転校等の影響が生じることも避けられないといえる。

「そして、前記・・・のとおり、東京矯正管区長も、原告の提出する身上調書の記載から、原告が子の面倒を見るとの役割分担を担っており、茨城農芸学院に配置換となると原告が従前の役割分担を担うことができなくなりこれまでの生活を維持するのが困難となることを認識していたといえるところ、かかる事情に加えて原告が管理職ではなく一般職の専門官であることを総合的に勘案すると、本件処分は、客観的又は実際的見地から原告の勤務場所に関し不利益を与えるものといえ、『いちじるしく不利益な処分』(国公法89条1項)に当たるといえる。

以上によれば、本件処分は『いちじるしく不利益な処分』(国公法89条1項)に該当し、その取消しを求める法律上の利益があるといえる。

3.いちじるしく不利益な配置換え

 配置換えは不服申立のルートに乗るものと、乗らないものがあります。両者を画するのが「いちじるしく不利益」な処分といえるかどうかです。

 しかし、何が「いちじるしく不利益」な処分であるのかについては、争われた裁判例がそれほど多くないこともあり、あまり明確なことは分かっていません。

 本件では、子どもの世話や、配偶者の持病などの事情により、訴えの利益(いちじるしく不利益な処分であること)が基礎付けられました。

 本件の判断は、配置換えの効力を争えるのかどうかを判断するにあたり、参考になります。