弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労災の不支給決定は何度でも争えるのか?

1.再度の労災申請

 確定した判決には、「既判力」という効力が発生します(民事訴訟法114条1項)。これは紛争の蒸し返しを防ぐための効力です。当事者は既判力の生じた判断と矛盾する主張をすることができなくなりますし、裁判所は既判力の生じた判断と矛盾する判決を言い渡せなくなります。そのため、一度判決が確定してしまった事件は、改めて訴えを提起したところで、裁判所の判断が変更されることはありません。

 ただし、これは訴訟で対象とされた権利義務についてのみ発生する効力です。

 例えば、

一度労災を申請し、不支給処分を受け、それに対して取消訴訟を提起し、裁判所の請求棄却判決が確定したとしても、

同じ給付について、改めて労災を申請し、不支給処分を受け、それに対して取消訴訟を提起することは、

既判力に抵触しません。改めて行われた不支給処分は、当初の不支給処分とは、別の処分だと理解されているからです。

 しかし、このような訴えは、実質的には前訴を蒸し返すものと言えなくもありません。それでは、改めて行われた不支給処分に対し取消訴訟を提起することは、法的に許容されるといえるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.5.27労働判例ジャーナル115-52 国・大阪南労基署長事件です。

2.国・大阪南労基署長事件

 本件は被災者の遺族が提起した労災の不支給処分に対する取消訴訟です。

 本件の特徴は、先行事件が存在することです。

 事業主(本件事業主)に雇用されていた亡Dは、平成23年8月22日から同年9月26日まで肺癌及び転移性脳腫瘍(本件疾病)により入院し、同年10月17日に死亡しました。

 亡Ⅾの妻である原告は、本件疾病が業務上の事由によるものであるとして、

平成23年9月26日に、同年8月22日から同年9月26日までの休業給付の支給請求を、

平成23年10月31日に、遺族給付及び葬祭給付の支給請求を、

平成23年11月7日に、未支給の保険給付支給請求を

行いました。

 処分行政庁は、本件疾病と通勤及び業務との間に相当因果関係が認められないとして、いずれも不支給とする決定を行いました(前回各処分)。原告は、審査請求、再審査請求、取消訴訟と争いましたが(本件前訴)、平成25年3月27日、裁判所は、前回各処分の取消請求を棄却する判決を言い渡しました。判決は控訴されましたが、控訴状の却下を経て、本件前訴の判決が確定しました。

 それから時を経た平成30年9月18日、原告は、本件疾病がDの通勤によるものでるとして、改めて、

平成23年8月22日から同年9月26日までの36日間の休業に係る休業給付の支給請求、

遺族給付の支給請求、

未支給の保険給付(休業給付及び遺族給付)

の支給請求を行いました。

 これに対し、処分行政庁は、時効により既に請求権が消滅しているとして、改めていずれも不支給とする旨の決定(本件各処分)を行いました。

 この本件各処分に対する取消訴訟が本件です。

 この事件では、原告の請求が、前訴の蒸し返しとして信義則上許容されないのではないかが問題になりました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、訴え自体は適法なものとして扱いました(ただし、消滅時効を理由に請求は棄却されています)。

(裁判所の判断)

「前記前提事実のとおり、本件各給付請求は、前回各給付請求において請求した葬祭給付が請求から除外されたことを除くほかは、前回各給付請求と同様の内容であり、本件各処分は前回各処分と同一の請求に対する応答処分である。そうであるとすれば、本件訴えは、実質的には既に確定した本件前訴における紛争の蒸し返しであるとの評価もあり得ないではない。」

「しかしながら、本件前訴は、原告が前回各処分の取消しを求めるものであり、本件訴訟は、原告が本件各処分の取消しを求めるものであるから、訴訟物自体は異なっており、本件訴訟の訴訟物に本件前訴の既判力が及ぶわけではない。

このような本件訴えは信義則等に反するものではなく、不適法であるとまではいえない。

3.この裁判例を覚えておいてどんな意味があるのか?

 一度取消訴訟までやって敗訴判決を受けた給付について、改めて同じ給付を請求するという場面は、あまり想定できません。同じ材料で勝負しても、同じ結果になるのが関の山だからです。そう考えると、この裁判例は、一見すると、単なる講学上・理論上の論点を明らかにしたものにすぎず、あまり実務的な意義がなさそうにも思われます。

 しかし、私は、案外、重要な判断を示しているのではないかと思っています。

 この裁判例は、一度裁判所でダメだと言われたとしても、その後、新たな医学的知見が得られたり、新たな証拠が発見したりした時に、労災申請の再チャレンジが妨げられないことを意味するからです。

 もちろん、取消訴訟の判決が確定するまでには、かなり長い期間かかることが多く、時効の問題はあります。それでも、新知見・新証拠に基づく再チャレンジを試みる余地を認めたことは、かなりの意義を持っているように思われます。

 活用できる場面はそれほど多くなさそうですが、単に講学上・理論上の論点に対する判断を示したという以上のインパクトを持っていることは確かだと思います。