弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

早期に代理人弁護士に依頼するメリット-供述の変遷を指摘されるリスクの低減

1.事実認定における「供述の変遷」

 事実を立証する方法は、録音・録画といった客観的な証拠に限られるわけではありません。人の供述も証拠の一つです。話していることが信用できると判断される場合、その人の供述が根拠となって事実が認定されます。

 客観証拠がなく、立証計画を供述証拠に依拠せざるを得ない場合、気を付けなければならないことの一つに「変遷を防ぐこと」があります。

 供述の変遷とは、単純化すると、

時点①ではある物事のことをAと言っていたのに、別の時点②では同じ物事のことをBと言っていた

というように、言っていることがコロコロと変わっていることを言います。

 そして、この供述の変遷には、時点①で話されていなければおかしいC事実が、時点②になって突然話として話として語られたいう場合も含まれます(供述の欠落)。

 供述に変遷が生じていても、その理由が合理的に説明できる場合は問題ありません。

 しかし、供述に変遷が生じていて、その理由が合理的に説明できない場合、そのことは話していることが信用できないと判断される根拠になります。

 事件の初期段階から弁護士に依頼することのメリットの一つに、供述の変遷を指摘されるリスクを低減させられることが挙げられます。弁護士は、裁判所で採用されている「供述の変遷」に関するルールを熟知しているため、話していることがブレないよう、また、過不足なく必要な機関に伝わるよう、注意深く主張をまとめて行きます。そのため、一般の方が自己判断で関係機関と話をし、話が進まなくなってから弁護士にバトンタッチするよりも、最初から弁護士に依頼した方が、裁判所に言い分を認めてもらい易くなります。

 そのことは、近時公刊された判例集に掲載されていた裁判例からも窺い知ることができます。大阪地判令3.5.27労働判例ジャーナル115-52 国・天満労基署長事件です。

2.国・天満労基署長事件

 本件は労災の療養補償給付・休業補償給付の不支給処分に対する取消訴訟です。

 原告になったのは、焼鳥屋で厨房スタッフとして勤務していた方です。

 店舗内でビア樽を持ち上げた際に体勢を崩し、板壁で頭と背中を強打したことにより頚椎椎間板ヘルニア及び頚髄損傷(本件傷病)の傷害を負ったとして、療養補償給付・休業補償給付の請求を行いました。しかし、これに対し、労働基準監督署長(処分行政庁)は不支給処分を行いました。原告は、労働者災害補償保険審査官に対して審査請求を行いましたが、これも棄却されたため、裁判所に処分の取消を求めて出訴しました。

 この事件では、そもそも原告が転倒した事故(本件転倒事故)があったのかどうかが争われました。

 この論点について、裁判所は、次のとおり述べて、本件転倒事故で原告が板壁で頭と背中を強打した事実自体を認めることができないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件店舗内でビア樽を移動させようと持ち上げたところ、想定より重かったため、手が滑って後方に体勢を崩し、後方の壁で頭部と背部を強打した旨主張し、原告本人もこれに沿う供述(陳述書における陳述を含む。以下同じ。)をする。」

「しかし、原告が主張するような態様で、原告が、頭部及び背部を強打したことを現認した者はおらず、これを客観的かつ的確に裏付ける証拠もない。

「また、原告は、

〔1〕処分行政庁等に対して療養補償給付及び休業補償給付を請求した時点では、申請書に、ビア樽を『移動しようと持った』際に『後にひっくり返り』と記載したものの、壁に頭部や背部を打ち付けた旨の記載はしていなかった・・・ところ、その後、

〔2〕処分行政庁において事情を聴取された時点では、通路にあったビア樽につまづき手をついて転倒した、ビア樽を移動させようとした際に、ビア樽の重さの反動で後方の壁に当たったと思う旨供述し・・・、さらに、

〔3〕本件訴訟においては、ビア樽を移動させようと持ち上げた手が滑って後方にひっくり返り、後方の壁で頭部と背部を『強打』した旨主張している。このように、事故の態様に関する原告の主張・供述には、転倒の態様や壁に強く打ち付けたといった主要な部分について変遷がみられるが、その変遷理由に関し、合理的と解されるような事情はうかがわれない。」

「この点につき、原告は、本件店舗が真っ暗であったためビア樽につまずいた、ビア樽を持ち上げた際に柱に背中がぶつかった、後頭部も若干打った、転倒したというのは柱に当たったというのを転倒と一緒にしていたなどと供述するが(原告本人尋問)、かかる供述は、『手をついて転倒した』とする上記〔2〕の供述と整合しておらず、また、転倒したことと柱に背中(後頭部を含む。)をぶつけたということは明らかに異なる態様のものであって、にわかに信用できない。」

「さらに、原告は、原告本人尋問において、『背中と、後頭部も若干打ってたんですが、それぐらい強い勢いというか、自分ではなかったんですけど、今思えば一応・・・。』、『直感的に、営業に差し支えはないと思うぐらいで。』と表現しているが、かかる表現は、板壁で頭と背中を強打した旨の原告の表現にそぐわないものである。」

「加えて、原告は、自己の主張する態様の事故が症状の原因ではないかと思うようになった時期について、処分行政庁等に対して療養補償給付及び休業補償給付を請求しようとした際である、一応労災の説明の中で入れておく方がいいかなと思った旨供述するところ、後記・・・で説示するとおり、救急搬送時あるいは野江病院において申告していないにもかかわらず、労災保険法に基づく申請の時点になって、本件転倒事故について『一応』、『入れておく方がいいかな』と思って記載したとする内容は、にわかに信用し難いものである。」

(中略)

「以上によれば、原告の主張に沿う供述ないし陳述書の記載をもって、本件転倒事故の態様につき、原告が板壁で頭と背中を強打したと認めることはできない」

3.官公庁への供述の変遷だけが問題とされたわけではないが・・・

 本件では客観証拠の不存在のほか、救急搬送時における申告の欠如なども根拠として指摘されており、官公庁への供述が変遷していることだけで敗訴したわけではありません。客観的な意味での真実がどうだったのかも、知る由はありません。

 しかし、処分行政庁に対する給付請求の時点からの供述の変遷が重要な事実として指摘されていることからすると、この段階で弁護士が適切に関与し、最初から必要十分な範囲での供述をブレない形で提出していれば、また違った結論になったかも知れません。

 揉めない内から弁護士を関与させるという発想は、一般の方は持ちにくいかも知れません。しかし、裁判例を分析していると、初期段階から弁護士の関与・指示のもとで動いていたら結果が違っていたかもしれないと思うことは少なくありません。

 揉めない段階から弁護士を関与させることのメリット(敗訴リスク低減効果)は、もっと一般の方にも知られて良いのではないかと思います。