弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の配転-子どもの世話ができないなら配偶者を連れて引っ越せばいい?

1.公務員の配転を争う二つのハードル

 訴訟で公務員の配転(配置換え)の効力を否定するためには、二つのハードルを乗り越える必要があります。

 一つは審査請求前置との関係で要求される要件です。

 一昨日紹介した判決文でも触れられているとおり、国家公務員に対する処分は、審査請求の対象となる処分でない限り、取消訴訟の対象にはならないと理解されています。

 そして、国家公務員法89条は、

意に反する降給、降任、休職、免職、その他いちじるしく不利益な処分

懲戒処分

が審査請求の対象になると規定しています。

 したがって、配転を取消訴訟で争うためには、配転が「いちじるしく不利益な処分」であって審査請求の対象になることと、審査請求を経由してきたことを立証できなければなりません。「いちじるしく不利益な処分」であることが立証できないと、訴訟で争うことのできる処分には該当しないとして、不適法却下(門前払い)判決を受けることになります。

 もう一つが、実体的な要件です。

 公務員の配転の効力が、どのような規範のもとで判断されるのかは、あまりよく分かっていません。民間の配転の効力を議論する際に使われている最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件で定立された規範に準拠して判断した裁判例もありますが(近時の例としては、東京地判令2.10.8労働経済判例速報2438-20多摩市事件参照)、そうではなく諸般の事情を総合評価して判断するという、基準として機能するのだかしないのだか分からない規範に準拠して判断している裁判例もあります。

 いずれにせよ、実体的に配転を無効とうための要件が、民間よりも緩いということはありません。訴訟要件(不適法却下にならないための要件 この局面では「いちじるしく不利益な処分」であること)以上に高いハードルを乗り越える必要があります。

 近時公刊された判例集に、この実体的なハードルの高さがうかがわれる裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、東京地判令3.1.5労働判例ジャーナル111-40 国・東京矯正管区長事件です。

2.国・東京強制管区長事件

 本件は法務教官として任用され、八王子少年鑑別所に勤務していた原告が、東京強制管区長から受けた平成31年4月1日付けで茨木農芸学区院に配置換えする旨の処分(本件処分)の適法性を争い、その取消を求めて出訴した事件です。

 原告は、

「本件処分は、・・・原告本人のワークライフバランスや原告の配偶者の女性活躍推進に何ら配慮されておらず、勤務地に関する原告の希望やその理由、希望理由の合理性、希望する勤務地への異動可能性、本件処分により原告が受ける生活上の不利益について尽くすべき考慮を尽くされておらず、また、不当な目的をもってされたものといえるから、東京矯正管区長の職員の配置換に関する合理的な裁量権を逸脱又は濫用したものであり違法である。」

などと主張し、配置換えの効力を争いました。

 しかし、裁判所は、本件処分が国家公務員法89条に規定されている「いちじるしく不利益な処分」に該当することを認めながらも、次のとおり述べて、本件処分の違法性を否定しました。

(裁判所の判断)

「国家公務員の配置換処分について、国公法及び人事院規則8-12は一義的な基準を設けておらず、人事評価の結果に基づき配置換しようとする官職についての適性を有すると認められる者の中から、人事の計画その他の事情を考慮した上で、最も適任と認められる者を配置換することができるとされているから、職員の配置換処分は任命権者の合理的な裁量権に任されているものと解される。」

「そして、配置換を行う業務上の必要性の有無、当該職員の選定の合理性の有無、当該職員が被る不利益の程度等の諸般の事情を総合考慮した上で、当該配置換処分が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、当該配置換処分は任命権者の裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法となるものというべきである。

「そこで、以下、本件処分が社会通念上著しく妥当性を欠き、東京矯正管区長の裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法となるか否かを検討する。」

「前記・・・のとおり、原告が本件処分により単身赴任をするか、又は、原告が家族と共に肩書住所地の自宅から転居をしなければならなくなり、原告が子の面倒を主に見るなどの従前の役割分担を踏まえた生活を送ることは困難な状況になるといった生活上の不利益については、例えば、茨城農芸学院と原告の配偶者の勤務地との中間地点としてJR日暮里駅に原告及びその家族が転居することにより原告及び配偶者と共に勤務を継続し育児を夫婦で分担するなどの方法をとることが考えられることを勘案すると・・・、原告が配置換の本件打診を受けた際、原告の長男が中学3年生であり高校受験を控えていたこと、仕事と生活の調和との観点を考慮しても、配置換に伴い受忍すべき程度の不利益を大きく超えるものということはできない。

「また、本件処分当時、東京矯正管区内の少年院及び少年鑑別所においては、小田原少年院の廃庁、関東医療少年院及び神奈川医療少年院の統廃合があり、また、原告の勤務していた八王子少年鑑別所は平成31年4月に東京西法務少年支援センターとして肩書住所地の原告の自宅から約40分の通勤時間を要する東京都昭島市内の場所に移転となっており、喜連川少年院の業務停止など施設の統廃合が多数生じていたことが認められる。このことからすれば、被告の主張するように、かかる統廃合に伴い、職員の適正配置のため多数の職員の異動が予定されており、また、茨城農芸学院を含む東京矯正管区内の少年院の数庁について収容人数の増加が見込まれており、中堅職員で一定の経験を有する職員をこれらの庁に複数名配置するという配置換を行う業務上の必要性があり、これに該当する職員として原告を選定したことについても一定の合理性があったものと認められる。」

「以上によれば、本件処分が社会通念上著しく妥当性を欠くものと認めることはできず、本件処分は東京矯正管区長の裁量権の範囲を逸脱又は濫用するものとはいえず、違法であるとはいえない。」

3.配偶者を連れて引っ越せというのは時代錯誤ではないのか?

 原告の方は、八王子少年鑑別所から自転車で片道20分のところに自宅を所有していました。配転先である茨木農芸学院までは、公共交通機関を利用すると3時間半程度かかるとされています。

 配偶者の妻は横浜市内の私立学校で教員として就労していたほか、乳がんの再発防止の治療その他複数の持病を抱え、早朝に自宅を出る生活を行っていました。

 そのため、朝食準備、弁当を作るなどの、中学3年の長男、小学5年生の長女の面倒は、主に原告が担っていました。

 この状況で茨木への配置換えを行えば、職員の家庭生活が破綻してしまうことは容易に想像できます。しかし、裁判所が出した回答は、配偶者を連れて引っ越せばいいのだから我慢(受忍)しろというものでした。

 今の時代、これは、かなり酷な判断であるように思われます。個人的には、この裁判所の判断には強い違和感を覚えます。

 行政庁が裁量権行使の名のもとに職員の家庭生活を壊す配転を判断を平然と行い、それを裁判所が唯々諾々と追認する限り、公務員の志願者が減るのは、仕方のないことなのかもしれません。