1.国や地方公共団体に蔓延する偽装請負
偽装請負とは、
「書類上、形式的には請負(委任(準委任)、委託等を含む)契約ですが、実態としては労働者派遣であるもの」
を言います。
かみ砕いて言うと、注文者が、請負人(業務受託者)が雇用している労働者に対し、直接指揮命令を行うようなことを言います。
偽装請負は労働者派遣法の潜脱にほかならず、違法であると理解されています。
近時、国や地方公共団体で偽装請負が問題になることがあります。
公務員の人手不足を背景として、国や地方公共団体が事務の一部をアウトソーシングする動きが広がっています。内閣府では、この動きを積極的に評価しており、
「窓口業務の民間委託に係る先進・優良事例集」
などを公開しています。
窓口業務の民間委託に係る先進・優良事例集:公共サービスイノベーション・ウェブサイト - 内閣府
しかし、民間事業者が公務を担うことは容易ではありません。このブログでも、大阪医療刑務所で偽装派遣が行われて訴訟にまで発展した事例を紹介したことがありますが、公務員が請負人・業務受託者である民間事業者が雇用している職員に対し、直接指示を行う例は、決して少なくありません。
違法派遣を受けた国や地方公共団体に派遣労働者を採用する義務はあるか? - 弁護士 師子角允彬のブログ
労働者派遣:労働契約申込みのみなし制度-偽装請負類型の「法律の規定の適用を免れる目的」をどう立証するか(判断時期からの立証) - 弁護士 師子角允彬のブログ
こうした状況は内閣府も問題視しており、
「地方公共団体の適正な請負(委託)事業推進のための手引き」
という文書の中で、
「現在、多くの地方公共団体で民間委託が進められていますが、この民間委託に関し、
いわゆる『偽装請負』であると都道府県労働局から指導を受ける例が見られます。」
と注意喚起しています。
https://www.soumu.go.jp/main_content/000441007.pdf
このように物議を呼んでいる公共部門のアウトソーシングですが、近時公刊された判例集に、自治体職員が部下に対し、職務命令を出して偽装請負の実行を指示したことがハラスメントに該当すると判示された裁判例が掲載されていました。大阪高判令6.12.12労働判例1338-23、大津地判令6.2.2労働判例1338-32 大津市(市教委職員)事件です。
2.大津市(市教委職員)事件
本件は大津市の職員の方が原告となって、偽装請負の実行を強要されるなどの違法行為により精神的苦痛を受けたとして、大津市を相手取り、慰謝料等の支払を求める訴えを提起した事件です。
大津市では人権・生涯学習推進事業を大津市「人権・生涯」学習推進協議会連合会(連合会)に委託していました。上司であるA課長の職務命令によって連合会の職員に対して直接指揮命令を行うように求められたことが「偽装請負の実行の強要」の骨子です。
原審が原告の請求を一部認容したことに対し、原告側、被告側の双方が控訴したのが高裁の事案です。
裁判所は、次のとおり述べて、偽装請負の実行の強要がハラスメントに該当し、違法であると判示しました。下記は地裁の判断ですが、この判示部分は高裁でも維持されています。
(裁判所の判断)
「地方公務員法32条は、職員はその職務を遂行するにあたっては上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない旨規定しており、その立法趣旨は、一般に上司の職務上の命令があった場合に、職員が個々に違法性を判断し、違法と判断した場合にはそれに従う義務がないとすると、行政組織的一体性が損なわれ行政の運用が阻害されることとなるので、このようなことのないようにするために設けられたものと解され、従って、当該職務命令に瑕疵がある場合でも、何人が見ても違法であることが明白であり、それに服従すれば違法な行為を行う結果となるといったような場合を除き、職務命令は違法でないと解するのが相当である。」
「また、偽装請負とは、請負や業務委託の形式をとりながら委託元が委託先の労働者に直接指揮命令をすることをいい、労働者派遣法2条1号に違反する行為である(最判平成21年12月18日第2小法廷判決・民集63巻10号2754頁など参照)。」
「前記・・・で認定した事実を考慮すると、被告職員は、連合会事務局職員に対し、支援や助言を超えて、直接の指揮命令を行っていると評価できるから、本件業務委託にかかる連合会事務局職員の業務は、原告が着任した平成30年4月から同年9月にわたって偽装請負の状態にあり、この間被告職員が連合会事務局職員へ直接の指揮命令を行ったことは、偽装請負の実行行為そのものであるゆえ、労働者派遣法に反する違法行為に当たるものであった。」
「そして、連合会側から業務内容につき何ら指示を受けていない連合会事務局職員に対し、被告職員が業務内容の不明点を教えることは、実質的にみて委託の業務につき直接指揮命令を行うよう求めたものと言わざるを得ず、違法行為を行うよう命じるものである点で瑕疵がある。そして、このような職務命令は、被告における研修・・・に反するものである上、労働者派遣法違反行為を遂行するように命じる点で、瑕疵は明白と言え、それに服従すれば被告職員に同法違反を助長させる結果となるほどに重大であるから、当該職務命令自体も違法であるといわざるを得ない。」
「さらに、連合会事務局職員へ指揮命令を行うという違法行為の実行を職務上の優位性を背景に命令するものであり、ハラスメントとして国賠法上違法であり、また、c課長は、偽装請負に該当する可能性を認識していたから、少なくとも過失がある。よって、c課長の発言・・・は、不法行為を構成するものであると評価できる。」
「これに対し、c課長は、連合会事務局職員へ直接指揮命令することは労働者派遣法に反するおそれを認識してはいたものの、生涯学習課の職務である連合会への助言・支援を行うよう指示したにすぎず、連合会事務局職員へ指揮命令を行うことを命じたのではないと主張する。しかし、平成30年4月から9月の期間を通してみても、連合会事務局職員に対する連合会側による教育体制は整備されておらず、現に平成30年8月になって業務内容指示書が策定されていること・・・からすると、連合会事務局職員が被告職員からの指示なしに職務を行えることができる状態であったとはいえないから、被告の主張は採用できない。」
3.公務員で「違法行為の強要」類型のハラスメントが認められた例
違法行為の強要類型のハラスメントは、しばしば民間企業で問題にされてきました。
公務員で問題になることは珍しく、裁判所の判断は注目に値します。
人口が減少する一方、行政サービスの切り下げも難しいとなると、民間事業者へのアウトソーシングの流れは今後とも加速して行くように思われます。そうした状況のもと、法の規制と上司からの指示で板挟みになっている自治体職員の方の救済を考えるにあたり、裁判所の判断は、実務上参考になります。