弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

水平異動か降任か-園長代理を歴任していた人を子育て支援センター主幹を噛ませて幼稚園主幹に補する処分は争えるか?

1.水平異動と「不利益な処分」

 民間の労働者は、使用者から配転命令を受けた場合、その効力を争って裁判所の判断を仰ぐことができます。配転は使用者に広範な裁量が与えられているため、職種限定合意が認められるようなケースを除けば、そう簡単に無効にはなりません。しかし、出訴自体が不適法だと門前払いを受けることはありません。

 しかし、転任命令(水平異動)を受けた公務員は、必ずしも、その効力を裁判所で争うことができるわけではありません。これは国家公務員法が、不服申立の対象を、

意に反する降給、降任、休職、免職その他いちじるしく不利益な処分と、

懲戒処分

に限定しているからです(国家公務員法89条、90条等参照)。これにに該当しない処分に関して、法は不服申立を認めない趣旨だと理解されています(東京地判令3.1.5労働判例ジャーナル111-40 国・東京矯正管区長事件等参照)。

 そのため、審査請求を経て裁判所で転任命令の効力を争うにあたっては、それが「いちじるしく不利益な処分」であるなど、不利益処分であるといえる必要があります(なお、地方公務員の場合に「不利益な処分」であることが必要なことについて地方公務員法49条、49条の2参照)。

 それでは、水平異動が「不利益な処分」といえるのか否かは、どのように判断されるのでしょうか? 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。大阪地判令5.9.28労働判例ジャーナル142-56 羽曳野・羽曳野市教委事件です。

2.羽曳野・羽曳野市教委事件

 本件で原告になったのは、羽曳野市教育委員会(処分行政庁)から羽曳野市職員(幼稚園教諭)として任命された方です。この方は、幼稚園教諭を経て、羽曳野市内の3か所の幼稚園で園長代理を歴任していました。

 その後、市長公室こども未来室こども課主幹⇒幼稚園の園長代理⇒市長公室こども未来室こども課主幹⇒幼稚園主幹と異動を重ねたわけですが、最後の

市長公室こども未来室こども課主幹⇒幼稚園主幹(本件処分)

について、実質的には園長代理から主幹への降格ではないかと主張し、その効力を争ったのが本件です。

 原告は審査請求を行いましたが、羽曳野市公平委員会は降格処分ではない(要するに不利益処分ではない)ことを理由に請求を不適法却下しました。これを受けて、本件処分の取消を求め、訴えを提起しました。

 本件の原告は、訴えの利益について、次のような主張をしました。

(原告の主張)

「幼稚園において、園長代理は主幹以下の職員を監督すべき立場にあることや、園長代理には管理職手当の支給が認められているが、主幹には原則として認められていないこと、被告が園長代理から主幹への異動についても希望降任と取り扱っていること・・・からすると、園長代理から主幹への異動は降任である。」

「原告は、平成28年4月1日付けで、市長公室こども未来室こども課主幹に補された際に、幼稚園に戻れば園長代理の職務を行うことになる旨の説明を受け、実際に、平成30年4月1日付けで再び園長代理に補された。このような経緯によれば、原告は令和4年3月31日まで園長代理職としての法的地位を潜在的に有していたのであるから、本件処分は、実質的には園長代理から主幹への降任である。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて原告の主張を排斥し、訴えの利益がないとして、請求を不適法却下しました。

(裁判所の判断)

「処分の取消しの訴えは、違法な行政処分の法的効果により自己の権利・利益を侵害されている者が、その法的効果を除去することによって、その法的利益を回復することを目的とするものであるから、同訴えを提起するには、当該行政処分が有効なものとして存在することから生じている法的効果を除去することにより回復すべき法律上の利益があることが必要であり、そのような法律上の利益がない場合には訴えの利益がないものとして不適法な訴えとなる(行政事件訴訟法9条1項)。」

「そして、転任命令は、昇任又は降任以外の方法で他の職員の職に充てる水平異動であって、必然的に職員に不利益を課する処分ではないから、転任命令の取消しを求める法律上の利益があるか否かは、当該転任の直接の法的効果として、処分の取消しにより回復されるべき不利益を伴うものか否かによって判断するのが相当である(最高裁昭和61年10月23日第一小法廷判決・集民149号59頁参照)。

「本件処分は、原告を市長公室こども未来室家庭支援課子育て支援センターふるいち主幹から学校教育室羽曳が丘幼稚園主幹に転任させたものであり・・・、原告の職務の級・・・を変動させるものではなく、実質的に見ても、勤務場所はいずれも羽曳野市内であって原告に不利益をもたらすものとはいえず、勤務内容においても不利益をうかがわせる点は認められない。また、原告は本件処分の前も管理職手当の支給を受けていないのであるから、本件処分によって、原告が管理職手当の支給を受けられなくなったとも認められない。」

原告は、平成28年4月1日付けで主幹に補された際・・・に、幼稚園に戻れば園長代理の職務を行うことになる旨の説明を受けたことや、その次に園長代理に補されたこと・・・からすると、原告はその後の主幹への異動・・・の後も,再度幼稚園勤務に異動した後は再び園長代理の職務に復帰すべき法的地位を潜在的に有していたのであるから、幼稚園の主幹への異動を命ずる本件処分・・・は、実質的には園長代理から主幹への降任処分であり、不利益処分に当たる旨主張する。

しかし、原告が主幹として幼稚園ではない部署での勤務を命じられた後においてもなお、原告が園長代理の地位を有していたと認めるに足りる法令上の根拠は見当たらず、これは原告の指摘する事情によって左右されない。以上によれば、原告は本件処分前に園長代理の地位にあったとはいえないから、本件処分は主幹から主幹への異動というほかない。したがって、原告の指摘する事情は、本件処分による不利益を基礎づけるものとはならないから、採用することができない。

「以上のとおり、本件処分は、その取消しにより回復されるべき不利益をその直接の法的効果として伴うものとはいえない。したがって、本件処分の取消しを求める法律上の利益はない。」

3.直前の地位との関係だけを見られてドライに切り捨てられた

 裁判所は、不利益処分と認められるのか否かを判断するにあたり、それまでのキャリアを全体的に考察するのではなく、直近の地位とのみ比較するというかなりドライな立場をとりました。

 あまりに形式的に過ぎるのではないかという気もしますが、裁判所の考え方を知るうえでは参考になります。