弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

給与減を伴う職務命令の適法性-不利益性は考慮要素にならないのか?

1.給与減を伴う職務命令

 減給の懲戒処分をするにあたっては、事前に弁明の機会を与えたうえ(福岡高判平18.11.9労働判例956-69 熊本県教委(教員・懲戒免職処分)事件等参照)、処分説明書の交付を要するなど(国家公務員法89条)、かなり厳格な手続が必要になります。また、懲戒処分の処分量定には裁量基準が設けられており(人事院総長発『懲戒処分の指針について』(平成12年3月31日職職-68 最終改正: 令和2年4月1日職審-131参照)、これを逸脱した処分は審査請求による行政不服審査(国家公務員法90条)、取消訴訟による司法審査の対象になります。

 他方、職務命令には、そのような厳格さは求められていません。一般に事前手続が必要であるとは理解されていませんし、理由を記載した書面の作成・交付が義務付けられているわけでもありません。また、職務命令には処分性があるとは理解されていないため(最一小判平24.2.9民集66-2-183)、審査請求の対象にも取消訴訟の対象にもなりません。

 しかし、職務命令の中には、給与減を伴うものなど、事実上の不利益を伴うものがあります。こうした職務命令の効力を争うには、基本的に国家賠償請求を行うよりほかありませんが、その適法性はどのような枠組みのもとで判断されるのでしょうか? 懲戒処分に準じた厳格さが要求されるとはいえないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令3.12.27労働判例ジャーナル122-26 東大阪市事件です。

2.東大阪市事件

 本件で被告になったのは、普通地方公共団体である東大阪市です。

 原告になったのは、被告の技術職員として清掃車を運転してごみの収集作業に従事していた方です。合理的な理由なく清掃車への乗務を禁止され、特殊勤務手当(清掃作業手当)相当額の支払いを受けられないなどの損害を受けたとして、被告を相手取って国家賠償請求訴訟を提起したのが本件です。

 この事件の裁判所は、次のとおり述べて、清掃車への乗務を禁止する職務命令の違法性を否定しました。

(裁判所の判断)

一般職に属するすべての地方公務員は、その職務を遂行するに当たり、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならないところ(地方公務員法4条、32条)、東部事業所に配属された職員にどのような作業を命じるかについては、同事業所に配属された職員の上司にあたる事業所長の裁量に委ねられているというべきである。もっとも、当該職務命令がその必要性、合理性を欠き、あるいは不当な目的で行われるなど、社会通念上著しく妥当性を欠くときは、裁量権の範囲の逸脱又は濫用があるものとして違法になるというべきである。

「これを本件についてみるに、前提事実並びに証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成24年4月から平成31年3月31日までの間、一般職である技術職員として東部事業所に配属されていること、同事業所の所長は、平成29年8月1日から平成30年3月31日までの間はCであり、同年4月1日から平成31年3月31日までの間はDであったことが認められる。そして、C及びDが、原告に清掃車への乗務を禁止するに至った経緯及び理由は、前記認定事実・・・のとおりであり、原告が、清掃車に同乗しての職務中、複数回にわたり10分間程度にわたって市民に暴言を浴びせたり、収集場所の前に駐車してあった貨物車のドアを勝手に開け、同車のクラクションを運転手が戻ってくるまで鳴らすなどといった行動に及んだほか、同乗相手の職員に対し、警察の協力者であるとか、故意に収集場所から離れたところに清掃車を停めたなどと言いがかりをつけてトラブルとなり、東部事業所内でも、職員に対し、『黙っとけ』『俺に近寄るな。』、『お前らのやっていることは犯罪行為や。』、『日雇いのくせにおとなしくしていろ。』といった暴言を吐き、職員の車に勝手に乗り込み無断で車検証を撮影し、職員ともみ合いになって警察を呼ぶ事態となるなど、職員との関係を悪化させていたことによるものと認められる。」

「このような原告の言動に加え、自らの行為について何度指導を加えても、基本的に非を認めて反省することがない原告の態度に鑑みれば、CやDが、原告に対して清掃車への乗務を原則として禁止し、東部事業所内での作業を命じることとしたことは、市民等への迷惑行為や職員とのトラブルを避け、清掃車でのごみ収集作業を円滑に行うための措置として、合理的かつやむを得ないものであったということができる。」

「これに対し、原告は、市民に対する暴言については何を指すのか明らかでなく、クラクションを鳴らしたといっても1秒程度であり、原告の他の職員に対する態度は当該職員からの嫌がらせに起因するものであるなどと主張する。」

「しかし、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告による市民への暴言については、複数の職員が申し立てていること及び原告がクラクションを鳴らした行為については、貨物車のクラクションを勝手に鳴らすという行為自体が問題とされていることが認められ、また、前記認定事実・・・で具体的に認定した原告の同僚等に対する言動の問題性に照らすと、これらに関する原告の上記主張は、前記認定判断を左右するものではない。なお、原告は、職員が警察の協力者であり、原告を逮捕するための手段として嫌がらせが行われたという趣旨の供述・・・をするが、にわかに信用し難い上、これによって原告の他の職員に対する言動が正当化されるものでもない。」

「また、原告は、C及びDは原告に清掃車への乗務を命じることもあった上、東部事業所の職員との関係を問題にするなら原告を西部事業所に異動させれば足りるのに、そのような措置を講じていないと主張する。」

「しかし、欠員が出た等の理由で臨時に収集作業を命じることがあったからといって、原告に対して原則として清掃車への乗務を禁止することが理由のないことにはならない。また、証拠・・・によれば、Cは、原告に対し、西部事業所への異動を打診したものの、原告はこれを断っていることが認められ、原告の意向に反して異動を直ちに命じなかったからといって、東部事業所の職員との関係を問題にしていなかったことになるものではない。」

「さらに、原告は、清掃車への乗務を禁止されたことによる原告の収入減は、月給の10分の1の4か月分以上にもなる旨主張するが、清掃車への乗務を禁止する職務命令は懲戒処分ではないから、懲戒処分との比較をいう趣旨と解される原告の上記主張には理由がない。

「以上によれば、原告について清掃車への乗務を禁止した職務命令に、裁量権の範囲の逸脱又は濫用があったとは認められず、かかる職務命令の違法をいう原告の主張は採用できない。」

3.不利益性の大きさが考慮要素として明示的に掲げられていないが・・・

 本件で問題になった職務命令は、月給の10分の1の4か月分以上にもなる収入減を生じさせたものでした。

 民間で減給の制裁を行う場合、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えることが禁止されていることを考えると(労働基準法91条参照)、これはかなり大きな不利益であるといえます。

 しかし、本件の裁判所は、職務命令に伴う不利益を、それほど重視しませんでした。違法/適法の判断基準において考慮要素に掲げられていないほか、不利益が大きいという原告の主張を懲戒処分ではないとして一蹴しています。

 懲戒処分に十分比肩する不利益であることからすると、裁判所の判断には違和感があります。しかし、職務命令の効力を争うにあたっては、公務員特有の問題として、こうした裁判例が存在することも、考慮しておく必要があります。