弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の転任命令(水平異動)の判断基準

1.転任命令(水平異動)の判断基準をどう考えるのか

 昨日、公務員の転任命令(水平異動)が、必ずしも司法審査の対象にならないことをお話しました。公務員の転任命令の効力を争うためには、そこに不利益性が認められる必要があります(国家公務員法89条、90条、地方公務員法49条、49条の2参照)。

 しかし、これは司法審査の対象にしてもらうための要件にすぎません。転任命令が違法だといえるのかどうかとは全く別の問題です。

 それでは、転任命令が違法かどうかは、どのように判断されるのでしょうか?

 民間の場合、最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件が、

① 業務上の必要性がないとき、

② 業務上の必要性があっても、他の不当な動機・目的のもとでなされとき、

③ 業務上の必要性があっても、著しい不利益を受けるとき

のいずれかに該当すれば、配転命令は、その権利を濫用したものとして、無効になると判示しています。

 しかし、公務員の転任命令の適否の判断基準には、東亜ペイント事件のように確立した最高裁判例があるわけではありません。各裁判所が様々な判断基準を用いているのが実情です。

 本日は、昨日紹介した旭川地判令4.10.14労働判例ジャーナル132-60 深川市・深川市長事件が、転任命令の不利益処分性を肯定した後、どのような実体的判断基準を用いたのかを紹介させて頂きます

2.深川市・深川市長事件

 本件で被告になったのは、市立病院(本件病院)を設置する地方公共団体です。

 原告になったのは、被告で本件病院の放射線技師として勤務していた方です。周囲の労働者へのハラスメントを理由として放射線技師から事務部への転任を命令されたことを受け、その取消を求めて審査請求、訴訟提起に至ったのが本件です。

 この事件の裁判所は、転任処分の不利益性を認めながらも、次のとおり述べて、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

地方公務員に対する転任命令は、地方公務員法17条が規定する任命権に基づくものであり、その行使について法律上制限は定められていないから、その行使は任命権者の合理的な裁量に委ねられていると解すべきであり、転任命令が必要性や合理性を欠いている場合や、不当な目的で行われた場合等、社会通念上著しく妥当性を欠き、任命権者の裁量権の範囲を逸脱し、又はその濫用があったと認められる場合に限って違法となるというべきである。

(中略)

「上記のとおり本件各行為がハラスメントに当たるとの対策委員会の判断に誤りがあるとはいえないことに加えて、前記認定事実・・・のとおり、放射線課においては、遅くとも平成29年4月1日時点で、原告及びHとその他の放射線課職員との関係が相当悪化しており、その後、原告及びHから放射線課の職員が関与しているとして複数の内部告発がされ、令和元年9月30日には、課内ミーティングにおいて生じた口論から、原告がハラスメントの申出をするに至り、本件行為【1】が行われた当日にも、原告とD課長らが口論になるなど、本件行為【1】が行われた当時、放射線課内の人間関係はさらに悪化しており、そのような状況の中で、本件行為【2】が行われ、結果として、Jが病気休暇を取得し、退職するに至ったことが認められる。」

「このような状況からすれば、本件処分がされた当時、放射線課内の人間関係は容易に修復できない程度に悪化していたと認められ、本件行為【1】の被害者であるGはもとより、他の放射線課職員の職場環境を改善するためにも、原告を他の部署に異動させる必要性があったと認められる。」

「そして、上記2で説示したとおり、本件処分により、原告は、【1】放射線技師としての知識や技術を十分に活かすことができず、【2】本件各手当を受けられなくなるという不利益を受けるものと認められるが、放射線課の職員がLを除いていずれも放射線技師であること、本件各手当が業務内容に応じて支払われるものであることからすれば、いずれもやむを得ないものであり、上記必要性と比較して、甘受すべき不利益にとどまると評価するのが相当である。

「そうすると、本件処分について、その必要性、合理性を欠くものとはいえない。」

「これに対し、原告は、本件各行為は一過性の言動であり、再発可能性が低いことなどからすれば、原告に重大な不利益を与え、放射線課の業務に不都合を生じさせる本件処分に及んだことに必要性、合理性はないなどと主張するが、上記・・・のとおり、本件各行為が行われた当時、放射線課内の人間関係は、容易に修復できない程度に悪化していたものと認められ、本件各行為はそのような状況の中で発生したものというべきであるから、一過性の言動であり、再発可能性が低いとはいえない。また、上記したとおり、本件処分により原告が受ける不利益は、その必要性と比較して甘受すべき程度にとどまるというべきであって、証拠・・・によれば、本件処分により放射線課の業務に不都合が生じたとまでは認められないから、本件処分が必要性、合理性を欠くものであったということはできない。

「また、原告は、本件処分は、原告が内部告発したことに対する牽制ないしは報復の目的でされたものであると主張するが、上記・・・で説示したとおり、原告が内部告発をしていたことによって、対策委員会の判断が不当に歪められたような事情はうかがわれず、前記認定事実・・・のとおり、本件処分は、深川市長が、原告が本件各行為に及んだことを踏まえて、副市長及び本件病院の管理職らと協議した上で決定したものであり、その判断過程に原告の内部告発の対象とされた人物が直接関与しているものではないから、原告の主張を採用することはできない。なお、原告らによる内部告発が放射線課内の人間関係の悪化の一因になったとは認められるものの、そのことをもって本件処分が内部告発に対する牽制や報復を目的とするものであるということもできない。」

「以上によれば、本件処分について、深川市長がその裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用したものとは認められず、違法とはいえない」

3.東亜ペイント事件の不利益類型が規範から欠落しているように見えるが・・・

 一見すると、裁判所が、本件で用いた規範からは、東亜ペイント事件で言及される不利益性を問題にする類型が欠落しているようにも見えます。

 しかし、あてはめの局面においては、公務員に生じる不利益にも言及されており、必ずしも不利益性が考慮されないというわけではなさそうです。

 訴訟要件の段階で不利益性を認めつつ、東亜ペイント事件にいう著しい不利益を認めないことに矛盾を感じるのか、裁判所が用いている公務員の転任命令の違法性の有無の判断基準からは、本件のように不利益性に関する言及が欠落しているものも散見されます。しかし、そのような裁判例も、あてはめの段階で不利益性を考慮するなど、不利益が生じることを考慮していないわけではないように思われます。

 本件は、公務員への転任命令の適否の実体的判断基準を考えるうえでも参考になります。