弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

障害ではなくても履歴書で求めていた身体的不具合への配慮について、障害者雇用促進法の求める合理的配慮に準じる扱いが相当とされた例

1.障害者雇用促進法と合理的配慮

 障害者雇用促進法に次のような条文があります。

(第三十六条の二)

「事業主は、労働者の募集及び採用について、障害者と障害者でない者との均等な機会の確保の支障となつている事情を改善するため、労働者の募集及び採用に当たり障害者からの申出により当該障害者の障害の特性に配慮した必要な措置を講じなければならない。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない。」
(第三十六条の三)

「事業主は、障害者である労働者について、障害者でない労働者との均等な待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となつている事情を改善するため、その雇用する障害者である労働者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならない。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない。」

 この条文に基づいて事業主が障害者に対して負う義務を「合理的配慮の提供義務」といいます。

 近時公刊された判例集に、この合理的配慮の提供義務の範囲を、障害とはいえない身体的不調にまで拡張した裁判例が掲載されていました。岐阜地判令4.8.30労働判例1297-138 Man to Man Animo事件です。

2.Man to Man Animo事件

 本件で被告になったのは、障害者の雇用促進、活躍の場の創出を前提とした事業として、ウェブ制作事業、行政受託事業、文書電子化事業などを主な目的とする特例子会社です(特例子会社:障害者の雇用の促進及び安定を図るため、事業主が障害者の雇用に特別の配慮をした子会社を設立し、一定の要件を満たす場合には、特例としてその子会社に雇用されている労働者を親会社に雇用されているものとみなして、実雇用率を算定できるとする仕組みのこと、

https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000523775.pdf 参照)

 原告になったのは、交通事故による脳外傷が原因で高次脳機能障害を有するほか、強迫性障害を併発している方です。障害についての合理的配慮義務に違反しているとして、被告を相手取って損害賠償を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は結論として原告の指摘する各行為の違法性を否定しましたが、規範定立の場目で次のような判断を行いました。

(裁判所の判断)

「障害者雇用促進法にいう障害者とは『身体障害、知的障害、精神障害、その他の心身の機能の障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制約を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者をいう。』(同法2条)とされている。原告の場合、『身体障害、知的障害、精神障害、その他の心身の機能の障害』は、高次脳機能障害及び強迫性障害をいうと解されるところ・・・、『腰を痛めている』ことは、高次脳機能障害及び強迫性障害によりもたらされたものとは直ちに認められないから、腰を痛めていることにより履物に関して配慮を求めることが、障害者雇用促進法の求める合理的配慮の対象になるとは直ちに解されない。もっとも、原告は、入社当初から、履歴書にも履物に関する配慮を求める旨を記載し、運動靴しか履けない旨を申し出ており・・・、被告も、これを認識して原告を雇用したと認められるから、本件においては、履物に対する配慮は、障害者雇用促進法の求める合理的配慮に準じるものとして扱うのが相当である。

「障害者雇用促進法が、『障害者である労働者は、職業に従事する者としての自覚を持ち、自ら進んで、その能力の開発及び向上を図り、有為な職業人として自立するように努めなければならない。』(同法4条)、『すべて事業者は、障害者の雇用に関し、社会連帯の理念に基づき、障害者である労働者が有為な職業人として自立しようとする努力に対して協力する責務を有するものであって、その有する能力を正当に評価し、適当な雇用の場を与えるとともに適正な雇用管理を行うことによりその雇用の安定を図るように努めなければならない。』(同法5条)と規定していることに照らせば、原告の雇用主である被告が障害者である原告に対して自立した業務遂行ができるように相応の支援、指導を行うことは、許容されているというべきであり、このような支援、指導があった場合は、原告は、業務遂行能力の向上に努力すべき立場にあるというべきである。よって、被告が、原告の業務遂行能力の拡大に資すると考えて提案(支援、指導)した場合については、その提案(支援、指導)が、配慮が求められている事項と抵触する場合であっても、形式的に配慮が求められている事項と抵触することのみをもって配慮義務に違反すると判断することは相当ではなく、その提案の目的、提案内容が原告に与える影響などを総合考慮して、配慮義務に違反するか否かを判断するのが相当である。」

3.「合理的配慮に準じるもの」

 以上のとおり、裁判所は、腰を痛めていることについて障害によりもたらされたものではないとしながらも、履歴書に要配慮事項として記載されている身体的不調への配慮について「合理的配慮に準じるものとして扱うのが相当」であると判示しました。

 被告が特例子会社であるなどの事案の特性はありますが、合理的配慮の提供を要する範囲を拡張する判断を示した事例として、実務上参考になります。