弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

訴訟と行政措置要求の手続的相違点-行政措置要求では受理段階で実体審査・実質的審査が可能

1.行政措置要求

 公務員特有の制度として「行政措置要求」という仕組みがあります。

 これは、

「職員は、俸給、給料その他あらゆる勤務条件に関し、人事院に対して、人事院若しくは内閣総理大臣又はその職員の所轄庁の長により、適当な行政上の措置が行われることを要求することができる」

とする制度です(国家公務員法86条)。同様の仕組みは地方公務員にも設けられています(地方公務員法46条)。

 この制度は公務員の労働問題を解決するにあたり、かなり大きな可能性を持った制度です。例えば、令和元年12月、身体的性別は男性であるものの、自認している性が女性である方に対し、女性用トイレの自由な使用を認めなかったことを違法だと判示した判決が言い渡され、マスコミで話題になりました(東京地判令元.12.12労働判例ジャーナル96-1 経済産業省職員(性同一性障害)事件)。これは行政措置要求の要求を認めないとした判定に対する取消訴訟です。結局、女性用トイレの自由な使用を認めなかったことを違法だと判示した部分は二審で取り消されましたが(東京高判令3.5.27労働判例ジャーナル113-2 経済産業省職員(性同一性障害)事件)、行政措置要求にこうした使い方があることが知られたのは、極めて大きな意義があったと思います。

 このように行政としての公権的判断、司法判断を引き出すためのツールとして可能性を持った制度ではありますが、その手続の性質はあまり良く分かっていません。良く分からないのは利用が極めて低調だからです。例えば、令和2年度の国家公務員による行政措置要求の継続件数は21件でしかありません。

令和2年度 年次報告書

 手続の性質が不分明であることから関心を持っていたところ、近時公刊された判例集に興味深い判断を示した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令4.2.16労働経済判例速報2481-29 国・人事院事件です。何が興味深いのかというと、受理前に実体審査・実質的審査ができると判示されていることです。

2.国・人事院事件

 本件で原告になったのは、刑務所の看守をしていた方です。夜間勤務を外されたことが、パワー・ハラスメント、平等取扱の原則違反、人事管理の原則違反に該当するとして、その是正を求める行政措置要求を行いました(本件措置要求)。しかし、これが「各省各庁の長の裁量に委ねられていること」を理由に却下決定を受けたため(本件決定)、その取消や損害賠償を求めて国を提訴しました。

 裁判では、要求を受理したうえで、パワー・ハラスメント、平等取扱の原則違反、人事管理の原則違反の存否を判断することなく、いきなり要求を不適法却下した処分行政庁の対応の適否も問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、処分行政庁の対応は不適法ではないと結論付けました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件措置要求申立書において、勤務条件の側面に関する要求として、パワー・ハラスメント、平等取扱いの原則及び人事管理の原則(以下、これらを併せて『パワー・ハラスメント等』という。)に関する主張が記載されている旨を主張することから、これらの主張が、勤務条件の側面に関する要求と認められるか否かについて検討する。」

「この点、原告は、〔1〕パワー・ハラスメント等に当たるか否かについては、本件措置が本件刑務所長の裁量権を逸脱、濫用してなされたものであるか否かが問題となるから、行政措置要求の適法性に関する事項ではなく、裁量権の逸脱、濫用の有無という実体に関する事項であり、実体について審査する必要がある旨を主張した上で、〔2〕本件措置要求申立書において、パワー・ハラスメント等に関する要求が主張として記載されている以上、実体について審査を行うべきである旨主張する。」

「しかしながら、前記・・・で述べたとおり、本件措置要求は、本件措置が管理運営事項に該当することを前提として、勤務条件の側面を有する場合に、初めて適法なものとなり得る関係にある。この点で、申立書に記載された主張を前提としても、本件措置がパワー・ハラスメント等に該当するとはいえず、又は勤務条件としての側面を有するものとはいえない場合には、本件措置要求は適法性を欠くものというほかない。また、行政措置要求制度の手続について、人事院は審査に必要な場合には受理前においても関係者からの事情聴取その他の調査を行うことができ(人事院規則13-2第4条参照)、適当と認めるときは、受理すべきか否かの決定を行う前に関係当事者に対して要求事項について交渉を行うようにすすめることができる(同第5条)等の規定があることからすれば、同制度においては、申立ての適法性の審査について実質的な審査を行うことが予定されているというべきであり、原告が主張するように形式的な審査が義務付けられているものと解することは相当ではない。

3.訴訟の感覚は通用しない

 訴訟の場合、例えどれだけ荒唐無稽なものであったとしても、形式が整っていれば、訴状審査はクリアされます。荒唐無稽な内容であるとして棄却されることはあっても、実体判断に入る前の訴状審査の段階で不適法却下されることはありません。

 しかし、この理屈は行政措置要求には通用しないようです。裁判所は要求書受理段階から実体審査・実質的審査を行うことを肯定し、その結果を踏まえたうえで不適法却下判定を行うことを肯定しました。

 これは要求の段階で主張や立証を相当に練り込んでおかなければならないことを意味します。要求者の知らないところで実体審査・実質的審査が行われ、不適法却下判定を受けかねないからです。

 事案にもよりますが、相手方が保持している客観証拠との矛盾を防いだり、当方手持ちの資料を伏せておいたりする趣旨から、訴状提出段階で提出する主張や証拠を必要な限度に絞り込んでおくことは少なくありません。しかし、相手の出方を見たうえで主張、立証を補充するという訴訟事件におけるセオリーに従うことは、行政措置要求の場面では危険を含みます。

 本裁判例は、行政措置要求の活用にあたり、参考になります。