弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

一般職に社宅制度の利用を認めていないことが間接差別に該当するとされた例

1.間接差別

 日常生活であまり耳にすることのない用語ではありますが、「間接差別」という言葉があります。

 これは、

①性別以外の事由を要件とする措置であって

②他の性の構成員と比較して、一方の性の構成員に相当程度の不利益を与えるものを

③合理的な理由がないときに講ずること

と定義されています(平成18年厚生労働省告示第614号『労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針』〔最終改正:平成27年厚生労働省告示第458号〕参照)。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000209450.pdf

 例えば、単なる受付、出入者のチェックのみを行う等防犯を本来の目的としていない警備員の職務に従事する人を募集・採用するにあたり、身長又は体重が一定以上であることを要件とするようなことが間接差別に該当します。「身長180cm以上、体重100kg以上」といった要件を設ければ、事実上、男性にしか応募資格がなくなってしまいます。不審者と格闘するような場面が想定されているというのであれば、こうした要件を設けるのも分からなくはありませんが、単なる受付的な警備員を募集するにあたり、ここまで厳重な要件を設定する必要はありません。このように、一見性別とは関係ないように見える基準を持ち出しつつ、特段の合理性もないのに、一方の性を優遇し、他方の性を冷遇するといった状態を実現しようとすることに間接差別の特徴があります。

 一定の範囲ではありますが、間接差別は法的にも禁止されています。具体的に言うと、男女雇用機会均等法7条が、

「募集及び採用並びに前条各号に掲げる事項に関する措置であつて労働者の性別以外の事由を要件とするもののうち、措置の要件を満たす男性及び女性の比率その他の事情を勘案して実質的に性別を理由とする差別となるおそれがある措置として厚生労働省令で定めるものについては、当該措置の対象となる業務の性質に照らして当該措置の実施が当該業務の遂行上特に必要である場合、事業の運営の状況に照らして当該措置の実施が雇用管理上特に必要である場合その他の合理的な理由がある場合でなければ、これを講じてはならない。」

と規定しています。上のリンクで引用している指針も、この規定を具体化したものになります。

 しかし、きょうび、実際の間接差別は「身長180cm以上、体重100kg以上」みたいな分かり易い指標では行われません。表立って男女差別をすることが許容されなくなっていることから、もっと巧妙で分かりにくい形で行われます。

 その関係で、間接差別が違法とされるような例を目にすることはあまりないのですが、近時公刊された判例集に、間接差別を認定した裁判例が掲載されていました。東京地判令6.5.13労働判例ジャーナル149-1 AGCグリーンテック事件です。

2.AGCグリーンテック事件

 本件で被告になったのは、農業ハウス用フッ素フィルムの販売事業等を運営する株式会社です。

 原告になったのは、被告の正社員として採用され、管理室での業務に従事してきた独身女性です。被告が総合職に対してのみ社宅制度の利用を認めていることが均等法に違反しているなどと主張して、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件で原告が提起した問題は多岐に渡りますが、一般職に社宅制度の利用を認めないことと間接差別との関係で、裁判所は、次のような判断を示しました。

(裁判所の判断)

被告は、設立後の就業規則等において、総合職を『会社の命ずる任地に赴任することが可能であり、その任地での業務を円滑に遂行できる能力があると認められる職能をいう』としたうえで、総合職を対象とする社宅制度を設けていることからすれば、実質的に『住宅の貸与』といえる社宅制度の適用について、住居の移転を伴う配置転換に応じることができることを要件としていることになる。

「原告は平成29年2月27日以降の社宅制度による会社負担額と原告が受け取った住宅手当の差額を損害として賠償を求めていることから、以下ではその判断に必要な限度で被告の社宅制度について検討する。」

「被告は、社宅制度につき労働者の住居の移転を伴う配置転換に応じることができることを要件とする一方で、その運用面においては、平成23年7月に自己都合の場合(結婚等で妻帯者向け住居に引っ越す場合や親元からの独立で引っ越す場合)にも社宅制度の利用を認める方針を示した・・・。その後、平成30年3月の社宅管理規程の改正により、この方針が正式に条項化されている・・・。これにより、通勤圏内に自宅を所有していない総合職には、転居を伴う転勤をしたか否か、その現実的可能性の有無及び大小等の事情を問わず、社宅制度の利用が認められていたことになる(なお、令和2年11月に総合職として採用されたBは、社宅制度を利用してないが、総合職でありながら転勤がない条件で採用された特殊な事例であること・・・、本訴提起の影響を受けた措置である可能性も否定できないことに照らし、ここでの検討の対象外とする。)。」

「そして、平成23年7月以降、令和2年4月までの間に在籍した総合職は、男性29名、女性1名(D)、一般職は男性1名、女性5名であり・・・、総合職の大部分を男性が、一般職の大部分を女性が占めていた。

そうすると、社宅制度の実際の運用は、総合職でありさえすれば、転勤の有無や現実的可能性のいかんを問わず、通勤圏内に自宅を所有しない限り希望すれば適用されるというのが実態であり、その恩恵を受けたのは、Dを除き全て男性であったということになる。

「措置の具体的な内容として、被告の社宅利用者には、会社の負担率も、40歳以上の独身寮対象者を除き、家賃月額8.2万円までは80%、8.2万円超12万円までは20%とされている・・・。」

「これにより、社宅利用者である総合職は、一般職に支給されていた住宅手当(平成20年4月1日以降は3000円、平成24年6月16日以降は3000円であるが一定の場合には6000円、平成27年4月1日以降は借家の場合8000円、平成30年3月16日以降は1万2000円等)を上回る経済的恩恵を受けており、その格差はかなり大きいということができる(例えば原告の家賃月額7万2000円を前提とすると、社宅制度を適用した場合の被告の負担額は月額5万7600円に上り、その他に入居費用や更新料も一定額を被告が負担することになる。)。」

被告は、社宅制度の利用を総合職に限定している理由として、〔1〕被告の営業職には転勤があり得、そのキャリアシステムにおいて、複数のエリアで営業を経験することが必要で、営業所の所長にも複数エリアで勤務した者が就いていること、〔2〕営業職の採用戦略の一環として、営業職の採用競争における優位性を確保するためであること、〔3〕労働の対価であることを挙げる。

「しかし、社宅制度の適用対象である総合職には、営業職以外の者も含まれるところ、上記〔1〕及び〔2〕は、いずれも営業職に関する事情であって、社宅制度の利用を総合職に限定している理由の説明とはなり得ない。その点は措きつつ、以下順次検討する。」

・転勤が営業職のキャリアシステム上必要かつ有用であるとの主張について

「被告は全国に3か所の営業所を有し、一定数の営業職が過去に転勤を経験している事実は認められる。」

「他方で、被告の営業職の求人票には、転勤は『当面無』としており(乙19、20)、転勤の可能性は示されているとはいえ、労働者の能力の育成・確保や組織運営上の人事ローテーションの必要性等からの定期的な転勤は予定されておらず、実際にも、少なくとも6名の総合職は転勤の経験がなく、それ以外にも転勤を経験したことがない営業職(入社の際の転居が転勤に当たらないことは明らかである。)が相当数存在する・・・。」

「また、営業職ではない総合職として管理室に勤務をしていたEは、採用面接の際に、将来転勤があり得るという説明を受けておらず・・・、管理室に勤務した総合職がその後転勤を命じられた実績も認められない。」

「以上からすれば、被告において労働者の能力の育成・確保や組織運営上の人事ローテーションの必要性等からの転勤が定期的に行われているとは認められず、営業職のキャリアシステム上の必要性や有用性という観点からは説明することができない社宅制度の利用者が数多く存在すると認められる。

・営業職の採用競争における優位性を確保する旨の主張について

「労働者にとって有利な待遇を提示することが採用活動における優位性を得る一要素となること自体は否定できない。しかしながら、採用競争における優位性確保のためには賃金を手厚くすることが最も効果的であることは自明であるうえ、営業職の求人票においては、社宅制度の存在には言及しているものの、その適用の実態(特に、通勤圏内に自宅を保有しない限り、転勤に関する事情とは無関係に希望すれば社宅制度を利用できること)は明示されておらず、これが営業職の採用競争においてどの程度の効果を発揮しているかは明らかでない。そうすると、採用競争における優位性確保としての社宅制度の重要性が高いとは認められない。」

「また、社宅制度の利用が営業職の採用戦略上有用であるということであれば、営業職に対して社宅制度の利用を認めることで足りるのであり、例外的な場合を除いて転勤が予定されていない管理室勤務の総合職(被告全体で設立時から令和2年4月までに在籍した合計34名の総合職のうち4名・・・)に対して社宅制度の利用を認める合理的な理由はうかがわれない。」

「以上によれば、営業職の採用競争における社宅制度の重要性が高いとは認められず、社宅制度の実際の運用もそのような趣旨から合理性を説明することができるわけではない。

・労働の対価である旨の主張について

「被告の社宅管理規程や社宅制度の説明に関する文書・・・上、総合職の労働の対価としての趣旨が含まれていることをうかがわせる文言は見当たらない。総合職であっても、通勤圏内に自宅を保有する者は社宅制度の適用外とされているところ、被告が同一の労働の提供を受けながら通勤圏内に自宅を保有しない者にのみ対価を追加することに合理性はない。」

被告における社宅制度は、実質的に住宅費用の補助を内容とするものであり、福利厚生の趣旨と解するのが相当であって、労働の対価としての趣旨が含まれていると認めることはできず、被告の主張は採用することができない。

・小括

以上の諸点を総合考慮すると、少なくとも平成23年7月以降、社宅制度という福利厚生の措置の適用を受ける男性及び女性の比率という観点からは,男性の割合が圧倒的に高く、女性の割合が極めて低いこと、措置の具体的な内容として、社宅制度を利用し得る従業員と利用し得ない従業員との間で、享受する経済的恩恵の格差はかなり大きいことが認められる。他方で、転勤の事実やその現実的可能性の有無を問わず社宅制度の適用を認めている運用等に照らすと、営業職のキャリアシステム上の必要性や有用性、営業職の採用競争における優位性の確保という観点から、社宅制度の利用を総合職に限定する必要性や合理性を根拠づけることは困難である。

そうすると、平成23年7月以降、被告が社宅管理規程に基づき、社宅制度の利用を、住居の移転を伴う配置転換に応じることができる従業員、すなわち総合職に限って認め、一般職に対して認めていないことにより、事実上男性従業員のみに適用される福利厚生の措置として社宅制度の運用を続け、女性従業員に相当程度の不利益を与えていることについて、合理的理由は認められない。したがって、被告が上記のような社宅制度の運用を続けていることは、雇用分野における男女の均等な待遇を確保するという均等法の趣旨に照らし、間接差別に該当するというべきである。

(中略)

上記のとおり、平成23年7月以降、被告が社宅制度の利用を総合職にのみ認め、一般職に対して認めない運用を続けていることは、間接差別に該当する措置を漫然と継続したものとして違法であり、不法行為が成立する・・・。

3.間接差別が認められた例

 本件では、総合職を

「会社の命ずる任地に赴任することが可能であり、その任地での業務を円滑に遂行できる能力があると認められる職能をいう」

と定義することで、

「総合職の大部分を男性が、一般職の大部分を女性が占めていた」

という状況が作出されていました。

 男女雇用機会均等法施行規則2条は、男女雇用機会均等法7条を受け、

労働者の募集若しくは採用、昇進又は職種の変更に関する措置であつて、労働者の住居の移転を伴う配置転換に応じることができることを要件とするもの」

労働者の昇進に関する措置であつて、労働者が勤務する事業場と異なる事業場に配置転換された経験があることを要件とするもの」

を間接差別の対象としており、「社宅の貸与に関する措置」に干渉しているわけではありません。しかし、裁判所は、これを間接差別として、不法行為法上の違法性を認めました。

 間接差別が認められたことも、男女雇用機会均等法でダイレクトに規制の対象とされていないものに違法性が認められたことも、画期的な判断だと思います。

 昨今ではあからさまな男女差別は目にすることが少なくなっていますが、一見すると性中立的に見える分かりにくい形で残っている男女差別は決して少なくありません。

 本判決は、そうした分かりにくい性差別の問題に取り組むにあたり、実務上参考になります。