弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

言動がなくてもコース別人事制度における女性への差別的取扱いが認められた例

1.職種変更からの排除が問題になった事例

 以前、

総合職への職種転換の機会を一般職女性から奪ったことが違法とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事の中で、横浜地判令3.3.23労働判例1243-5 巴機械サービス事件という裁判例を紹介しました。

 この裁判例は、コース別人事制度における女性差別が問題になった事案です。女性差別は現代においても確かに存在しますが、表立って差別をすると社会的に厳しい批判を浴びるためか、立証が困難な形に潜在化しています。そうした状況の中、女性に対する差別的取扱いの立証が奏功した事案として注目を集めました。男女差別の違法性を認定した判示は次のとおりです。

(横浜地方裁判所の判断)

「原告両名以外の一般職の女性が、一般職から総合職への転換を希望したか否かは証拠上明らかではないものの、以上のとおり、少なくとも原告両名は、それぞれ総合職への転換を希望する意思を明確に伝えているものと評価できるのに・・・、総合職への転換ができてないことはもとより、被告が原告両名に、総合職への転換を勧めたり、転換に必要となる具体的基準や手続等を示したりしたことすらなく、かえって原告X1は、I社長から、女性に総合職はない旨の回答を受けている・・・ことからすれば、被告は、原告両名について、女性であることを理由として一般職から総合職への転換の機会を与えていないものと強く推認される。

「この点、被告は、これまでに職種転換制度を運用しなかった理由として、適切な人材が現れなかったことを主張し、証人Gは、これに沿う陳述・供述をするが・・・、その内容は抽象的にとどまっていてにわかに信用しがたい上、少なくとも、原告両名について、総合職としての適格性を真摯に検討したことをうかがわせるに足りる的確な証拠はない。また、仮に被告が原告両名の経験や資格、能力等に疑問を持つのであれば、具体的かつ適切な基準を設けて職種転換制度を整備し、当該制度を適用する中で、総合職への転換の可否を判断すれば足りるのであり、制度自体を整備ないし運用しないことについての合理的な理由は、何ら見当たらないから、前記被告の主張を考慮しても、前記推認を覆すには至らない。」

「そうすると、遅くとも、原告両名が総合職への転換を希望する意向を表明した時期(原告X1については遅くとも平成29年10月ころ、原告X2については遅くとも平成27年4月ころ)以降、被告は、原告両名に対し、総合職への転換の機会を提供せず、これによって総合職を男性、一般職を女性とする現状を固定化するものであるところ、この点について、合理的な理由が認められないのであるから、職種の変更について性別を理由とした差別的取扱いを禁止する雇用機会均等法6条3号に違反し、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図ることを目的とした同法1条の趣旨に鑑み、被告が、原告両名に対し、本件コース別人事制度の運用において、総合職への転換の機会を提供しなかったことは、違法な男女差別に当たるというべきである。」

 この裁判例で男女差別が認定されたのは、被告社長の

「女性に総合職はない」

という発言が効いているように見えます。

 そのため、社長の失言でもなければ、やはり男女差別の立証は難しいままではないかと思っていたのですが、どうやらそういうわけでもなさそうです。この事件の控訴審判決(東京高判令4.3.9労働判例1275-92 巴機械サービス事件)が、被告社長の上記発言を認定事実から除外しながらも、原判決を維持する判断をしたからです。

2.巴機械サービス事件(控訴審)

 近時掲載されていた公刊物に掲載されていた巴機械サービス事件の判旨は次のとおりです。地裁の判断(原告2名に対し慰謝料として各100万円を認容)に対し、原告被告の双方から控訴がありましたが、裁判所はいずれの控訴も棄却しました。

(東京高裁の判断)

「原判決29頁20行目冒頭から同23行目末尾までを次のとおり改める。」

なお、一審原告X1は、平成26年12月19日頃、当時の一審被告の社長(I)との面談において、自身が総合職に転換することが可能か否かを尋ねたところ、同社長から『女性に総合職はない』との回答がされたとの主張をし、その本人尋問においても同旨の供述をするが、一審被告は上記発言があったことを否認していること、同社長自身も、サガミ工場にいる一般職から総合職に転換した女性従業員に話を聞いてきてみたらどうか、とは話したが、上記のような『女性に総合職はない』などという発言をしたことはなく(親会社であるF〈出向元〉グループ企業倫理委員会のオブサーバーやコンプライアンス点検・訓練活動の取りまとめも行っており、また、Fにおいて、何名もの女性職員が総合職に転換してきたのを見てきているので、そのような発言をするはずがない。)、あるとすれば『一審被告においては、それまでに一般職から総合職に転換した例はない。』と言ったのを一審原告X1が聞き間違えたのではないかという趣旨の陳述書(乙13)を作成していることに照らせば、一審被告のI社長が上記のような発言をしたことについては、なお疑問の余地があり、これを認めるに足りない。

(中略)

「よって、原判決は相当であり、一審原告らの控訴及び一審被告の控訴は理由がないから、これをいずれも棄却するとともに、一審原告らが当審において拡張した請求は理由がないから、これをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。」

3.言動がなくても男女差別が認定された

 控訴審判決は被告社長の差別的発言を事実として認定しませんでした。それでも男女差別を認定した原審の判断が揺るがなかったのは、代表者の言動がなくても差別を認めるという意思表明だと受け取ることができます。

 控訴審判決は、男女差別の立証の在り方という観点からも、大きな意義のある裁判例であるように思われます。