弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

退職金の支給区分としての「会社都合退職」の意義

1.会社都合とは?

 雇用保険の受給との関係で、しばしば、自己都合退職・会社都合退職という言葉が使われます。

 しかし、「会社都合退職」という言葉は、法文に規定されているわけではありません。雇用保険法は、

倒産、解雇、退職勧奨、ハラスメントなどにより離職した特定受給資格者(雇用保険法23条2項、同法施行規則35条、36条参照)や、

雇止めや正当な理由のある自己都合退職により離職した特定理由離職者(雇用保険法13条3項、同法附則4条1項、同法施行規則19条の2、雇用保険業務取扱要領50305-2(5-2)特定理由離職者の範囲参照)

を単純な自己都合対象者よりも優遇しています。「会社都合退職」というのは、この特定受給資格者や特定理由離職者の俗称として用いられている用語です。

 このように法令用語としては存在しない「会社都合退職」ですが、私企業の退職慰労金規程には登場することが少なくありません。

 それでは、退職慰労金規程に「会社都合退職」という区分が設けられていたとして、「会社都合退職」と「自己都合退職」はどのように区別されるのでしょうか?

 賃金の未払いが続いて辞表を出した時などが典型ですが、会社のせいだといえるのか、自分の都合だといえるのかが微妙なことは決して少なくありません。退職慰労金規程上、会社都合退職・自己都合退職の語義が、明確に定義されていない場合、それぞれの用語がどのように理解されるのかが問題になります。

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令4.1.19労働判例ジャーナル123-22 全国育児介護福祉協議会事件です。

2.全国育児介護福祉協議会事件

 本件で被告になったのは、介護保険法に基づく居宅サービス事業や地域密着型サービス事業等を目的とする一般社団法人です。

 原告になったのは、被告を合意退職した労働者5名です。資金繰り上の理由で賃金の支給が滞ったことを受け、被告を合意退職しました。そのうえで、被告に対して退職金を請求する訴えを提起したのが本件です。

 被告の退職金規程上、

本会の都合上の都合(原文ママ)による退職または解雇 

自己都合退職で本会が承認した場合、

とで退職金支給率に差が設けられており、本件では、原告らの退職が、

本会の都合上の都合による退職

に該当するのかが問題になりました。

 この争点について、裁判所は、次のとおり判示し、原告らの退職は被告の都合によると判示しました。

(裁判所の判断)

「被告の退職金規程には、被告都合退職や自己都合退職の意義を定めた規定はないところ、本件各退職がいずれに該当するかは、合意退職に至る経緯に照らし、退職の主たる原因が被告側の事情にあるか否かといった観点から判断するのが相当である。

「前記・・・のとおり、被告は、〔1〕平成31年3月頃から資金繰りに窮し、同月以降続出した退職者に対する退職金のほか、買掛金や公租公課の支払を遅滞するようになったこと、〔2〕原告らが令和2年8月に退職を申し出るまでに、原告らに対し、2か月分を超える賃金の支払を怠っていたこと、〔3〕原告らの退職後も1か月分の賃金の全部を支払わず、退職金も全く支払っていないことに照らせば、被告での就労を続ければ未払賃金が増大することが見込まれたため、やむを得ず退職を申し出たという原告らの主張は、合理的かつ自然である。」 

「また、原告らの離職票や雇用保険受給資格者証には、離職原因として、賃金不払等、事業主の都合による離職である旨が記載されており、被告においても、本件各退職が被告都合退職であると認識していたことが推認される。

そうすると、本件各退職が原告らの申し出によるものであることを考慮しても、原告らが退職した主たる原因は被告の経営状態の悪化及びこれに伴う賃金の不払いにあるというべきであるから、本件各退職は被告都合退職であると認められる。

「これに対し、被告は、原告らについて、被告の業務遂行に必要不可欠な人材であり、令和2年8月のお盆頃まで通常業務を実施していたから、被告の都合による退職ということはあり得ないなどと主張する。」

「しかしながら、原告らが被告の業務遂行に必要不可欠な人材として退職直前まで労務を提供していたとしても、原告らが被告の経営状態の悪化及びこれに伴う賃金の不払を主たる原因として退職したことに変わりはないから、被告の主張を採用することはできない。」

3.主たる原因がどちらにあるのか?

 本件の裁判所は、自己都合退職・会社都合退職の別を、主たる原因がどちらにあるのかで判断すると述べました。そして、その判断にあたっては、離職票や雇用保険受給資格者証の記載など雇用保険関係の資料を参考にしています。

 自己都合退職・会社都合退職の各用語が明確に定義されていない場合、退職金の受給との関係でどちらに区分されるのかで揉めることは少なくありません。

 本件は判断基準、判断方法を示した裁判例として、実務上、同種事案の処理の参考になります。