弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

仕事に要する労働時間を積み上げて行く形での使用者側の反証が否定された例

1.労働時間立証に対する使用者側の反証

 労災認定を得るために労働時間を立証する場面にせよ、残業代(時間外勤務手当等)を立証するために労働時間を立証する場面にせよ、使用者側からは、しばしば

そんなに長時間は働いていない、

という反論・反証が行われます。

 反証の仕方には色々なパターンがありますが、その中の一つに、

労働者が担当していた業務を書き出して行き、

当該業務に要する時間を業務毎に算出し、

それを積算して行き、

実労働時間はこの程度に収まっているはずだ、

と主張して行く方法があります。

 しかし、多少なりとも働いた人であれば容易に想像がつくと思いますが、大体の仕事は予定通りには行きません。想定外の連絡で作業が中断されることは少なくありませんし、急ぎの仕事が横から割り込んでくることもあります。難しい仕事に取り組むためには、作業時間だけではなく考える時間も必要になります。

 こうした現実を無視し、機械的に、〇〇の仕事に〇分、✕✕の仕事に✕分・・・といったように積み上げて行ったところで、机上の空論というほかなく、正確な実労働時間など分かるわけがありません。実際、裁判所で上述のような使用者側の反証が通ることは、それほどありません。一昨日、昨日と紹介させて頂いている、松江地判令3.5.31労働判例1263-62 国・出雲労基署長(ウシオ)事件でも、このような使用者側の反証は排斥されています。

2.国・出雲労基署長(ウシオ)事件

 本件は労災の取消訴訟です。

 原告になったのは、自殺した労働者(本件労働者)の父母です。

 本件労働者は島根県出雲市内に5店舗、同県大田市内に1店舗、同県雲南市内に1店舗を展開するスーパーマーケットを経営する株式会社に勤務し、自殺当時、菓子担当兼酒担当アシスタントバイヤーとして勤務していました。平成21年9月18日、山中で縊死・自殺したことを受け、慢性的な長時間労働等により精神障害を発病したことが原因であるとして、原告らは遺族補償給付の支給を申請しました。

 しかし、処分行政庁は、本件労働者の死亡は業務上の事由によるものとは認められないとして、不支給処分を行いました(平成27年1月16日 本件処分)。

 その後、審査請求、再審査請求を経て、平成29年2月23日、原告らは本件処分の取消訴訟を提起しました。

 本件労働者は管理監督者として扱われタイムカードや出勤簿が作成されていなかったほか、使用していたパソコンも既に廃棄されており、労働時間を認定するための証拠が不十分な状態にありました。

 こうした状況のもと、本件の使用者は、業務とそれに要する時間を積算して行く方法で本件労働者の労働時間の立証を妨げようとしました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告(処分行政庁)及び被告補助参加人(会社)の考え方を採用しませんでした。

(裁判所の判断)

「被告及び被告補助参加人は、本件労働者につき、本件労働者のバイヤーとしての経験及び業務内容などからすれば、長時間労働を要するものでなかった旨主張し、本件処分の調査でも、それに沿う聴取が行われていたほか・・・、証人E及び同Fは同主張に沿う証言をしている。」

「検討するに、証人E及び同Fは、菓子部門及び酒部門のバイヤーの業務に要する時間について証言した上で(①証人Eは、菓子部門のバイヤーの業務につき、店舗巡回が1週間に三、四店舗で1店舗に1時間程度、競合店視察が1週間に最低1店舗で30分から40分程度、競合店視察の調査書の作成が5分程度、商談が1か月に約40社で本部商談の時は1社あたり10分程度、問屋に直接行った場合は20分程度、販売計画書の作成が1日に二、三時間程度やって1週間程度、販売計画書の説明が30分程度、チラシやポップの作成を含めた商品登録が1日二、三時間程度やって10日程度、販売会議が毎週二、三時間程度、各部門会議が月に1回で1時間程度、S会議やZ協力会という会にそれぞれ月に1回参加、特招会が年に14回で1回当たり午前8時に出勤して午後6時か午後7時まで、菓子の仕分け作業が週に1回で1時間から2時間程度とし、その余の業務には時間がそれほどかからないなどと証言し、②証人Fは、酒部門のバイヤーの業務につき、店舗巡回が1日に1店舗か2店舗で1店舗当たりの時間は10分から20分程度、競合店視察が週に1回か2回、1店舗か2店舗を見て、1店舗当たり10分程度、調査書の作成が5分程度、商談が月に1件か2件で1件当たり20分から30分程度、販売計画書が1月に二、三時間程度、その説明が30分程度、ボジョレー・ヌヴォーの販売の説明用資料の作成が1時間程度、その説明が10分程度とし、その余の業務には時間がそれほどかからないなどと証言する。)、本件労働者のバイヤーとしての経歴等も踏まえると、業務量はそれほど多くなかったなどと証言する。しかしながら、同人らの証言に客観的な裏付けはなく、個々の業務に要する時間の算出は主観的なものといわざるを得ない。そして、同人らの証言をもとにすれば、被告補助参加人において時間外労働は不要となるはずであるが、これは、警備記録及び戸締り報告書から認定した被告補助参加人の平日の最終退出者の退出時刻と整合しない・・・。

結局のところ、同人らの供述は、販売計画書の作成について、時間を掛けようと思えば掛けられる業務であることを否定していない点及び本件労働者の作成した販売計画書はそれなりに量の多いものであったという点の限度でしか信用できない。そうすると、本件労働者の業務内容は、上記・・・で認定した労働時間を要するものであったというべきであり、被告及び被告補助参加人の上記主張は採用できない。

3.当たり前のように見えるが・・・

 本件は労災の取消訴訟であり、被告らの主張には、労働強度に関する主張という意味合いもあったのかも知れません。しかし、労働時間という観点からは、殆ど意味がないようにも思われます。

 個人的な実務経験の範囲でいうと、本件で被告らがしている類の主張がされることは結構あります。裁判所が示した判断は当たり前のものではありますが、同種事件の処理の参考になります。