弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

なし崩し的に社会保険の加入資格を喪失させようとしたことが不法行為に該当するとされた例

1.強引な退職処理

 労働契約法16条は、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

と規定しています。

 この条文があるため、使用者の労働者に対する解雇権の行使は、簡単には有効にならないようになっています。

 このように解雇権の行使が厳格に制限されていることを意識してか、明確に解雇の意思表示をすることなく、事業所を一方的に閉鎖して労働者の出勤を妨害したり、社会保険の加入資格を喪失させるための手続をとったりして、なし崩し的に労働者の地位を奪おうとする使用者が散見されます。

 当然のことながら、このような乱暴な措置をとったところで、解雇権が行使されていない以上、労働者としての地位が奪われることは有り得ません。そのため、法律家の感覚でいうと、上述のような措置をとることは理解し難いのですが(まだ一か八かで解雇をすることの方が理解できます)、実務上、なし崩し的に退職させられようとしている方は、一定の頻度で目にします。

 こうした事案について常々問題だと思っていたところ、近時公刊された判例集に、こうした強引な手法に不法行為該当性を認めた裁判例が掲載されていました。東京地判令3.5.27労働判例ジャーナル115-38 ティアラクリエイト事件です。

2.ティアラクリエイト事件

 本件で被告になったのは、診療所等の医療施設及び調剤薬局の経営を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告と期間の定めのない労働契約を締結し、薬局(本件薬局)で管理薬剤師として働いていた方です。

 本件の被告は、解雇の意思表示も労働契約を終了させる合意もしないまま、原告が平成31年3月31日付けで被告を退職したことなどが書かれた健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格喪失届(本件被保険者資格喪失届)や雇用保険被保険者離職証明書を作成しました。

 その後、被告の人事担当者fは本件被保険者資格喪失届等を封筒に入れ、年金事務所や公共職業安定所に持っていくよう原告に指示しました。

 原告は、書類を年金事務所に出しました。しかし、この時は、年金事務所の職員から特に指摘を受けなかったため、自分が本件被保険者資格喪失届を提出していることに気が付きませんでした。

 ところが、公共職業安定所に書類を持参・提出しようとした時、受付の担当者から、提出書類が原告自身の離職証明書であることを指摘されました。

 原告は退職扱いされたことに抗議しましたが、被告は公共職業安定所に改めて雇用保険被保険者資格喪失届を提出するなどの行為に及びました。

 こうした一連の行為に対し、原告は、

「本件労働契約を一方的に終了させ原告を排除しようとする一連の嫌がらせであり、原告の就労する権利を侵害し、原告の社会生活の安定を棄損するほか、原告を侮辱する行為であり、原告に多大なる不安感、屈辱感等の精神的苦痛を与えるものであった。」

と主張し、被告に対して損害賠償を請求しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、被告の行為を不法行為だと認定しました。

(裁判所の判断)

被告は、原告に対する事前の説明をすることなく、退職についての同意を得ることもなく、また、解雇等の雇用契約の終了を明確にする意思表示をすることもなく、内容を明らかにしないまま原告に書類を持参させて本件被保険者資格喪失届を提出させ、さらに、2回にわたり雇用保険被保険者資格喪失届等の提出を試みているところ、労働者である原告にとって社会保険及び厚生年金保険の被保険者たる地位及び雇用保険の被保険者たる地位を有することが重要なものであることは明らかであるから、事前の説明や同意等なく、解雇の意思表示もせずに、これらの資格を喪失させようとする書類を関係機関に提出しその地位を脅かすことは、原告の利益を侵害する違法な行為であって不法行為に該当すると認めるのが相当である。

3.強引な手法は許容されない

 上述のとおり、裁判所は、強引に社会保険資格を喪失させようとしたことの不法行為該当性を認めました。この種のことは意外と横行しているので、同種事案の処理にあたり、参考になるように思われます。