弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラを受けたとする被害者供述の信用性が否定された例

1.セクハラを受けたとする被害者供述の信用性判断

 衆人環視のもとでの罵倒などのように、パワーハラスメント(パワハラ)は、必ずしも人目を気にして行われません。しかし、セクシュアルハラスメント(セクハラ)は、しばしば同僚の目に触れない場所で行われます。そのため、セクハラの存否に関する決定的な証拠は、被害者供述のみである場合が少なくありません。

 こうした事件で行為者がセクハラの事実を否認すると、被害者供述の信用性が主要な争点になります。セクハラの事実が認定されると、社会的に大きなダメージを受けかねないこともあり、その争いは熾烈なものになる傾向があります。

 被害者供述の信用性判断は、セクハラに関係する事件を処理するにあたり、極めて重要な意味を持っています。そのため、信用性判断に係る裁判例の動向を注視していたところ、近時公刊された判例集に、被害者供述の信用性を否定した裁判例が掲載されていました。東京高判令3.5.13労働判例ジャーナル115-48 海外需要開拓支援機構ほか1社事件です。この裁判例で興味深いのは、被害者後述の信用性を一部認めた一審の判断を否定している点であり、信用性判断に関する限界的な事例として参考になります。

2.海外需要開拓支援機構ほか1社事件

 本件はセクハラを受けたと主張する女性の派遣労働者が原告となって提起した損害賠償請求事件の控訴審です。

 原告は、専務執行役員Bから次のようなセクハラ行為を受けたと主張しました。

「被告Bは、平成27年7月27日、歓送迎会の二次会後、原告と六本木駅のホームで電車を待っていた約10分間、原告が被告P1の手を払いのけて何度も「やめてください」などと言って拒否したのに、執ように原告の肩に手を回すことを続け、さらに、原告と同じ電車に乗った後、約10分間、鞄を持っていない方の手で原告の手を握り、原告がこれを振りほどいても、『握手しよう』などと言って何度も原告の手を握った(本件セクハラ行為)。」

 原審は、要旨、

本件セクハラ行為のうち、第1審被告Bが駅のホームで第1審原告から拒否されたのに第1審原告の肩に手を回そうとして数回触れたという事実のみが認められ、この限度で不法行為が成立し、その慰謝料としては5万円が相当である

と判示しました。

 これに対し、第1審原告、第1審被告Bの双方から控訴されたのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告の供述の信用性を否定し、本件セクハラ行為は認定できないと判示しました。

(裁判所の判断)

「第1審被告Bは、第1審被告機構の歓送迎会である一次会、これに続く二次会が開催された平成27年7月当時、第1審被告機構の役員の地位にあったにとどまり、第1審原告との仕事上の接点はほぼ皆無で、私的な連絡を取り交わすような関係にはなかった。また、上記一次会、二次会も会社内部の公式行事又はこれに準ずる会合であり、第1審被告B及び第1審原告以外にも多数の社員が参加していたが、その席上、第1審被告Bによる第1審原告を含む女性労働者に対する性的言動があったとはうかがわれない。二次会終了後に第1審被告Bが向かった最寄り駅のホームで第1審原告と二人きりとなったのは帰路に使用する路線がたまたま第1審原告と同一であったにすぎず、上記ホームは、複数の一般人が通行していただけではなく、向かい側ホームからも容易に見通せるなど衆人環視の状態にあり、仮に第1審被告Bが上記ホーム上で女性に対する迷惑行為に及ぶようなことがあれば、第1審被告機構の社員に限らず、一般人による通報等が行われる可能性が高い状況にあったが、そのような通報等の措置が行われたことはなかった。かえって、証拠上、認定し得る第1審被告Bと第1審原告の同ホーム上での位置関係や体勢は相互に身体的接触が生じにくい状況にあり、このような両者の位置関係や体勢は第1審被告Bと第1審原告とが共に乗車した電車内でも同様であったから、第1審被告Bが第1審原告の肩に手を回す、第1審原告の手を握ろうとする本件セクハラ行為があったというにはやや無理がある。」

仮に第1審被告Bによる本件セクハラ行為があったとすれば、第1審原告において、身体的接触を全く伴うことのなかった本件くじ引き等でさえセクハラに該当すると考え、第1審被告Cが第1審被告機構の現役役員であることを恐れることなく、社外ホットライン窓口への通報を速やかに行っていたことに照らすと、第1審原告の主張を前提とすれば、その意思に反する身体的接触にほかならない本件セクハラ行為についても速やかに同様の措置を講じていたと考えられるのに、第1審原告は、本件セクハラ行為についての通報を直ちに行うことなく、これを行ったのは本件セクハラ行為があったと主張する日から1年以上も経過した後のことであった。このような第1審原告の対応は、本件くじ引き等よりも悪質な本件セクハラ行為を受けたという被害者の対応として著しく不自然かつ不合理なものであって、むしろ本件セクハラ行為はなかったことを裏付ける事情であるということができる。このことは、第1審被告Bによる身体的接触を伴うセクハラ被害を受けたと通報したGについても、同様に妥当する。」

「そして、仮に第1審原告やGの訴える第1審被告Bのセクハラがあったとすれば、上記通報が著しく遅延して相応の時間的経過があったことを考慮しても、その行為態様の悪質さに鑑みると、容易に忘却されるような出来事とは考え難く、また、第1審被告機構を既に退職した第1審被告Bの影響があったとも考え難いのに、第1審原告やGの通報を契機として行われた社外ホットライン窓口の担当弁護士による調査上、歓送迎会の二次会参加者や帰路に使用した同一駅の向かい側ホームにいて第1審被告Bの行動を目撃していた複数の社員の中で上記セクハラがあった旨供述する者がいなかったことは、単にその存在を認めるに足りないというだけではなく、その不存在を積極的に裏付ける事情であるということができる。」

本件訴訟の原審で第1審原告から提出されたLINE上のやり取り・・・は、日付の記載の欠如、使用アイコンの不一致等の点で歓送迎会の二次会の帰路の際に真に作成されたものか疑問がある上、第1審原告自身又はその関係者が後日にハードウェア、ソフトウェアを適宜操作することにより容易に作成することが可能なものであること・・・も考慮すれば、その証拠価値が高いものとはいえない。このことは、当審で第1審原告から追加提出されたLINE上のやり取り・・・についても同様である。」

「上記の点をひとまず措いて、そのやり取りの内容を検討しても、第1審原告の証拠説明によると、上記LINEは第1審原告とGとのやり取りであるところ、Gは、原審で第1審原告の申出により証人として採用されたにもかかわらず、出頭しなかったという経緯に照らすと、上記LINE上のG作成部分は信用することができない。かえって、上記LINE上のやり取りの中には本件セクハラ行為を受けた第1審原告を心配するMの言動に関する記載があるものの、本件セクハラ行為は絶対になかった旨のMの陳述・・・と矛盾することに照らせば、その信用性は大きく減殺される。そうすると、上記LINE上のやり取りの内容は、結局、第1審原告の陳述、供述を超える証明力を有するものとはいえず、既に判示したところに照らせば、本件セクハラ行為があった旨の第1審原告の陳述、供述それ自体の信用性も極めて低いといわざるを得ない。

「以上のような事情を総合すると、第1審被告Bによる本件セクハラ行為はなかったというべきであって、第1審被告Bの不法行為の成立は認められないから、第1審原告の第1審被告Bに対する請求は理由がない。」

3.責任追及の可能性がある場合には、速やかに弁護士に相談を

 セクハラに関しては、被害者の代理人とし損害賠償を請求することもあれば、嫌疑をかけられた側を代理して懲戒処分の効力を争うこともあります。そのため、特に一方の肩を持つということはないのですが、信用性判断にあたっては、被害者側でコントロール可能であった事情が、それなりに含まれています。具体的に言うと、

① 被害を受けた後、すぐに責任追及に着手すること、

② LINE等の痕跡を適切に保全しておくこと、

③ 証言予定者の話を録音等に固定しておくこと、

などが行われていれば、また違った結論になったかもしれません。

 このように分析的に考えてみると、やはり、責任追及の場面においては、被害を受けてからできるだけ早く弁護のもとに相談に行くことが重要なのだと思われます。相談を受けていれば、①~③などの助言を行うことができたはずだからです。