弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アカデミックハラスメント-大学教員は学生を激詰めしてはいけない?

1.アカデミックハラスメント

 大学等の養育・研究の場で生じるハラスメントを、アカデミックハラスメント(アカハラ)といいます。

 セクシュアルハラスメント、マタニティハラスメント、パワーハラスメントとは異なり、アカデミックハラスメントは、法令上の概念ではありません。定義についても各大学で独自に定めているのが実情です。そのため、社会的実体として存在することは分かっていても、何をどこまでやれば問題になるのかの外縁が分かりにくいという特徴があります。

 こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、大学教員の学生に対する行為が適切であるのかが問題になった裁判例が掲載されていました。東京地判令3.5.17労働判例ジャーナル115-44 学校法人中央学院事件です。アカデミックハラスメントの外縁を知るうえで参考になるので、ご紹介させて頂きます。

2.学校法人中央学院事件

 本件は、大学を設置する学校法人が、非常勤講師に対して行った、約17か月に及ぶ講義禁止・大学敷地内への立入禁止を内容とする業務命令の適否が争点となった事件です。

 被告になったのは、大学を設置、運営する学校法人です。

 原告になったのは、被告大学の非常勤講師として採用され、法哲学、外国法(大陸法)の講義を担当していた方です。

 原告は、女子学生らに対してハラスメント・不適切行為をしたことを理由に、平成30年10月17日付けで、

「貴殿は、この命令書到達の日から2020年3月31日まで中央学院大学において講義をしてはならず、かつ中央学院大学の敷地内に立ち入ってはなりません。ただし、正当な労働組合活動のために必要な範囲での敷地内への立ち入りは認めます。なお、上記の期間の賃金としては、非常勤講師の本俸表に基づく本俸のみを支給します。」

との内容の業務命令を受けました(本件業務命令)。これに対し、ハラスメント行為の存否や、当該行為のハラスメントへの該当性を争い、違法な業務命令によって精神的苦痛を受けたとして、慰謝料の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では、ハラスメントとして5つの事実、不適切行為として2つの事実が問題になりました。裁判所が認定した問題行為は、次のとおりです。

(裁判所の認定)

「原告は、履修登録期限である平成30年4月19日の前である同月10日、第1回目の大陸法の講義として、主として今後の講義に関するガイダンスを行った後、講義の導入として『近代ドイツ法概説』をテーマに講義を行い、C、D、E、F及びGはこれを受講した。C及びDは、それまでに原告の講義を選択したことはなく、個人的に会話したこともなかった。」

「原告は、同月17日、第2回目の大陸法の講義において、「ローマ法継受と啓蒙期自然法思想」をテーマに講義を行い、C、D、E、F及びGを含む学生9名程度がこれを受講した。」

「原告は、講義の冒頭、大陸法を履修予定とする学生に自己紹介をさせるとともに、同人らの家族構成、出身地、居住地、所属サークル等を質問し、Cに対しては、彼氏はいるのか、あるいは、付き合っている人はいるのかなどの交際相手の有無を確認する趣旨の質問をした(本件ハラスメント行為1)。Cは、いない旨答えた。その質問に引き続き、原告は、Cに対し、男性経験はあるかなどの男性との性体験を聞く趣旨の質問をした(本件ハラスメント行為2)。Cは、ぼちぼち、あるいは、可もなく不可もなくなどの曖昧な内容を返答した。」

その後、原告は、Cに対し、上記の質問を通じて同人がルソーの自然法論を卒業論文のテーマとして予定していたことを知ったことから、これに関する質問を続けたところ(本件不適切行為1)、Cは、まだ卒業論文のテーマを決めただけで具体的な調査や論文の執筆を行っていたわけではなかったことから、原告から続けてされた質問に対してほとんど答えられなかった。

「原告は、講義の終了する度に、出席を確認するため、受講した生徒に対しリアクションペーパーと題する書面を配布し、講義の感想や質問等を記載させた上で提出を求めていたところ、Dは、上記第2回の講義後、リアクションペーパーに、Cに男性経験があるかどうかを聞くのであれば自分の経験も話すべきではないかと考え、原告の女性経験を教えてほしいという趣旨の内容を記載して提出した。」

「Eは、上記のとおり、原告がCに対して質問を集中させたことや、質問の内容、方法等を気持ち悪いものと感じ、大陸法の講義を履修登録しないことにした。・・・」

(中略)

「原告は、同月24日、第3回目の大陸法の講義において、『カント並びにフィヒテの徳論・法論』をテーマに講義を行い、C、D、F及びGを含む8名前後の学生がこれを受講した。」

「原告は、講義の冒頭に、前回講義の際にDから提出されたリアクションペーパーに、原告の女性経験について教えてほしい旨記載されていたことから、これに答える形で、ドイツに居住していた際の女性との交際経験について話をした後、Dに対し、彼女はいるのか、あるいは、異性との付合いはあるのかなどの交際相手の有無を確認する趣旨の質問をした(本件ハラスメント行為3)。この質問に対し、Dが交際相手はいる旨答えたところ、原告は、Dに対し、スマートフォンに保存されている彼女の写真を見せるよう要求した(本件ハラスメント行為4)。Dは、写真を直ちに見せなかったところ、原告から持っていないはずはなく、一人ずつスマホを回して教室内の他の学生に写真を見せるよう要求されたことから(本件ハラスメント行為5)、スマートフォンの画面に写真を表示させ、隣に座っていたF等周囲の学生に対してのみ同画面を見せたが、その他の学生にはこれを見せなかった。・・・」

「原告は、同年5月8日、第5回目の大陸法の講義において、『カント並びにフィヒテの徳論・法論』をテーマに講義を行った。」

「Cは、同日、講義開始に間に合わず、同年4月24日の講義に上記質問をされたことから、原告に遭いたくない気持ちもあって同講義に出席していなかったが、同講義に使用されたレジュメを入手しようと考えて教室入口に行き、講義が終了したことを確認した上で教室へ入り、原告に対し、同日に使用されたレジュメを欲しい旨伝えた際、原告は、Cに対し、向かい合わせの状況で髪にゴミが付いている旨発言しつつ、同人の許可を得ることなく、手で同人の髪に触れた(本件不適切行為2)。」

「Cは同日以降、Dは6月以降、大陸法の講義に出席しておらず、両名とも前期の期末試験を受験しなかった。」

「D及びFは、原告が担当する法哲学の講義も履修していたが、Dは5月22日以降、Fは6月12日以降、同講義に出席しなかった。」

 17か月も講義禁止・大学敷地内への立入禁止を命じることがバランスのとれた措置であるのかは別として、本件ハラスメント行為1~5、本件不適切行為2が問題であるのは明らかです。

 しかし、本件不適切行為1は、初回講義ですることの是非はあるにしても、卒論に対する質問を続けて行っただけであり、問題行為といえるのかは微妙な位置にあるように思われます。

 この不適切行為2についての評価について、裁判所は、次のおとり述べて、本件業務命令の正当性を支える事情の一つになると判示しました。なお、結論としても、本件業務命令は適法だと判示されています。

(裁判所の判断)

「原告は、Cに対し交際相手の有無を質問した行為(本件ハラスメント行為1)及びCに対し質問を集中させた行為(本件不適切行為1)は、これ以外にした他の質問と併せて、学生が当該講義を理解するために必要な質問のうちの一つにすぎないから、ハラスメントや不適切行為に該当するものとはいえない旨主張する。」

「しかし、原告が本件ハラスメント行為1を行ったのは、大陸法の第2回目の講義であり、第1回目の講義が主としてガイダンスであって当該講義が実質的に第1回目の講義であったこと、原告が大学教員、Cが学生という立場であり、原告とCが会話をしたのはこのときが初めての機会であったこと、原告とCの性別や年齢差などの事情を総合すると、原告がCに対して男性との交際経験を聞くことが許容される関係にあったとはいえず、Cは、講義の場で大学教員である原告から交際相手の有無についての質問に対し拒むことができず質問に返答せざるを得ない状況にあったものということができる。また、原告は、Cに対し、本件ハラスメント行為1に引き続き男性経験の有無も質問しており(本件ハラスメント行為2)、質問に際してどのような意義、理由によるものかなどの事前の説明等がなかったことも併せ考慮すると、大学教員である原告のこのような言動は、講義の内容に関連する質問か否かを問わず、講義中に学生に対してする発言として許容される限度を超えるものであって、ハラスメントに当たるというべきである。」

原告が、Cに対し、交際相手や男性経験について質問をした後、同講義中にCに対し質問を集中させたこと(本件不適切行為1)は、Cが卒論のテーマとして検討していた事項に関連するものであり、講義に無関係なものとまではいえないものの、卒論を提出する時期とは近接していない年度初めの講義において、実質的には第1回目の講義であり、Cの卒論準備状況等の情報が全くなく、他の学生もいる講義において、Cが原告からの質問にほとんど答えられなかったにもかかわらず、質問を打ち切ることなく継続したことで、Cが後輩の前で質問に答えられず恥ずかしい思いをさせられたと感じたことは十分に了解可能であり、Cの自尊心を傷つけかねない行為といえる。したがって、本件不適切行為1は、講義を担当する教員として不適切な行為であるということができる。

3.他の学生がいる中での問い詰めはダメ

 上述のとおり、裁判所は、他の学生も見ている前で、初回講義の段階から、学生に連続して質問を浴びせ続け、答えられずに自尊心を傷つけるような行為をするのは不適切だと判示しました。

 本件ハラスメント行為1や本件ハラスメント行為2の後でなされたという全体の中での脈絡が影響している可能性はありますが、大学教育であることを考えると、やや大学教員側に厳しい判断であるようにも思われます。

 大学教員の方からハラスメントの嫌疑をかけられているという相談は、一定の頻度で私にも寄せられています。セクシュアルハラスメントと捉えかねない言動を慎むのはもとより、今後は、学生をあまり激しく問い詰めないことにも留意する必要がありそうです。