1.解雇の違い
同じく解雇とはいっても、能力不足を理由とする解雇と整理解雇とでは、ポイントとなる事実が大きく異なります。
能力不足(勤務成績不良)を理由とする解雇の有効性は、
「①使用者と当該労働者との労働契約上、その労働者に要求される職務の能力・勤務態度がどの程度のものか、②勤務成績、勤務態度の不良はどの程度か、③指導による改善の余地があるか、④他の労働者との取扱いに不均衡はないか等について、総合的に検討」
されることになります(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕395頁)。
他方、整理解雇(企業が経営上必要とされる人員削減のために行う解雇)の有効性は、
「①人員削減の必要性があること、②使用者が解雇回避努力をしたこと、③被解雇者の選定に妥当性があること、④手続の妥当性の4つ」
の要素を総合して判断されています(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』397頁)。
一般に、
「整理解雇は労働者に帰責事由がないにもかかわらず、使用者の経営上の理由により労働者を解雇するところに特徴があり、労働者に帰責性があるその他の解雇よりその有効性は厳格に判断される」
と理解されています(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』397頁)。
しかし、上述のとおり、他の類型の解雇(例えば、能力不足を理由とする解雇)と整理解雇とでは、ポイントとなる事実が質的に異なっているため、一概に、どちらが厳格で、どちらが緩やかなのかを判断できるわけではありません。使用者側から見た場合、労働者を解雇するにあたり、能力不足を理由とするのか、整理解雇を理由とするのかは、いずれの切り口から光を当てるのが有利なのかを見極めて判断しているのだと思われます。
もっとも、使用者側による解雇の種類の選択は、必ずしも裁判所で無批判に受け入れられているわけではありません。本来能力不足解雇の枠組のもとで解雇の可否が決定されるべき事案について、たまたま整理解雇を必要とする状況にあるからといって、整理解雇の枠組で処理しようとすれば、立証活動に綻びが生じるのは察するに難くありません。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令3.4.26労働判例ジャーナル114-28 ストーンエックスフィナンシャル事件でも、整理解雇の枠組みで実質的な能力不足解雇を行おうとした使用者側の試みが失敗に終わっています。
2.ストーンエックスフィナンシャル事件
本件で被告になったのは、外国為替証拠金取引(FX)を行うトレーダーに、オンラインFX取引サービス」の提供等を行っている米国会社の子会社です。この会社は、日本において、親会社の米国会社と同様のサービスの提供を行っていました。
原告になったのは、被告との間で期限の定めのない労働契約を交わしていた方です。未払残業代等の支払いを求める労働審判、本訴移行を経て、しばらく経った後、
「当社は、極めて厳しい経営状況の中、これまで経費の削減、新規採用の縮減、希望退職者の募集など、継続的に様々な経営努力を続けて行ってまいりましたが、残念ながら経営状況の抜本的な改善の見込みは立っていません。経営の再建を図るためには、誠に遺憾ながら、やむを得ず、人員を削減する必要な状況となっています。」
と記載された書面で解雇を通知されました。これに対し、原告が、被告を相手取って、地位確認等を求める訴訟を提起したのが本件です。
裁判所は、整理解雇の必要性は認めましたが、次のとおり述べて、解雇回避努力が不十分であるとしました。その後、被解雇者の選定の妥当性も否定する判断をし、結論として、解雇の効力を否定しています。
(裁判所の判断)
「被告は、本件解雇に先立ち、経費を削減するため、広告宣伝費を減額したほか・・・、退職者に対する補充を行わない方法等により従業員数を合計15名(平成29年12月〔管理職正社員4名、非管理職正社員8名、派遣・契約社員6名〕)から11名(平成30年10月ないし平成31年2月〔管理職正社員4名、非管理職正社員4名、派遣・契約社員3名〕にし・・・、平成30年3月支給の賞与も10名に対して前年比25ないし49パーセント(平均37.1パーセント)減額し・・・、セールス部門を停止して営業終了時刻を午後9時から午後6時に短縮している・・・。」
「しかしながら、被告は、希望退職者募集ないし退職勧奨・・・について、対象者を限定して実施した旨主張しつつ、具体名を挙げて提示条件を含めて説明できているのは原告のみであり、平成30年2月ころに実施した退職勧奨についてL・・・がH及びEの名前を挙げるものの提示条件及びその他の対象者氏名は明らかにできない旨供述している。原告は、原告以外に対する希望退職者募集事実を否認しているところ、被告は希望退職者募集に係る詳細な事実についてこれを認めるに足りる証拠を提出しないから、本件判断にあたり、希望退職者募集は原告に対するもの以外は有無ないし内容について不明という前提で判断するほかない。この点、被告による退職ないし退任勧奨の実施により、平成31年3月29日にDが代表取締役及び取締役を辞任し、令和元年5月8日にGが退職し、令和元年12月にHが退職し、令和2年2月にJが退職しているが、これらの退職ないし退任の勧奨は計画的に順次実施されたものではなく(被告もそのような主張はしていない。)、他方で、平成31年3月29日にBが代表取締役に就任しているほか、令和元年8月にKが入社しており・・・、本件解雇に加えて上記退職ないし退任勧奨による経費削減がされたとしてもその効果が相応に減殺されたとうかがえるし、被告は原告をセールス部門の管理職として採用してセールス部門停止により担当部署がなくなったなどとして整理解雇(本件解雇)しながら、本件解雇の約1か月後である平成31年4月3日ころ、被告代表取締役のBが「日本市場におけるリテールビジネスのさらなる成長のために、経験と力を発揮できることを非常に楽しみにしております」とのプレスリリースを公開して・・・、その翌月である5月下旬ころにIG証券株式会社セールス部長のKに接触して同年8月にKを入社させてセールスを含む複数業務を担当させていること・・・からすると、本件解雇の主たる目的は、被告から見て賃金と対比し成果に乏しいなどの問題があるという評価の従業員(原告)を退職させて賃金と対比し成果を期待できると考える従業員(K)を新規採用することにあったと疑わざるを得ない(証人L・・・も米国親会社の経営戦略で『スクラップアンドビルド』が謳われていること・・・の意味が能率的な者への入替を意味するものではないとしつつ本件解雇が『スクラップ』でK採用が『ビルド』であることを認める供述をしている。)。」
「また、本件雇用契約における原告の年収は765万円であるから(・・・〔63万7500円×12〕)、本件解雇による直接的な経費削減効果は上記年収額に被告の社会保険料負担額等を加算した金額と考えられるところ、被告の主張によれば、被告は、平成29年3月に合計2403万5317円を、平成30年3月に合計1451万1753円を、平成31年3月に合計1113万1000円を賞与として支給したという(原告は被告主張額より高額の賞与を支給した可能性がある旨主張していると解される。)。被告主張の賞与合計額を前提にしても、減額したという平成31年3月の賞与支給合計額は上記原告の年収額を上回っているところ、後記・・・のとおり、賃金規程18条に規定する賞与を支給するか否かは被告の裁量に委ねられていて被告の『正社員』に具体的な賞与支払請求権がないことから、別途の支給合意の存在もうかがえないことからして(被告もそのような主張をしていない。)、賞与をゼロにすることができたと考えられ、そうすれば、本件解雇を回避することが可能であったといえる。この点、被告は、賞与を支給しないと残存従業員のモチベーションが低下して事業継続に必要な従業員が離職するおそれがあったと主張するが、労働者に帰責性のない整理解雇を回避するため努力すべきことと対比して賞与を支給しなければならない必要性があるとまでは評し難いし、賞与不支給によって原告の雇用を維持しつつ賞与不支給を踏まえて退職を申し出る従業員が出てくれば整理解雇によらず上乗せ退職金等の追加給付なしに人件費を削減できたとすらいえる。」
「これらの事情を併せ考えると、解雇回避努力は甚だ不十分というほかない。加えて、原告が、本件解雇の約3か月前である平成30年末に被告の費用負担で豪華料理を振る舞って別府温泉1泊旅行やディズニーランドパスポートペアチケットなどの豪華賞品が当たる抽選会が実施される全社員招待のクリスマスパーティーを実施していて経費削減の努力に不足がある旨主張していたのに対し、被告は、米国親会社から割り当てられた予算で士気維持等のため少額の費用で実施したと反論するのみで、具体的な費用を確認できる証拠を提出しないままにしていること(証人L・・・が予算十数万円と供述するのみである。)をも併せ考えると、尚更、解雇回避努力が不十分といえる。」
「したがって、・・・解雇回避努力を認めることはできない。」
3.解雇回避努の認定手法
解雇回避努力については、
「新規採用の停止、役員報酬のカット、昇給停止、賞与減額・停止、人件費以外の経費(広告費、交通費、交際費等)削減、非正規従業員の雇止め、余剰人員の配転・出向・転籍、一時帰休、ワークシェアリング、希望退職者募集等の考えられるすべての解雇回避措置を一律に要求するのではなく、当該企業の規模・業種、人員構成、労使関係の状況に照らして実現可能な措置かどうかを検討したうえで、その実現可能な措置が尽くされているかどうかを検討する傾向にある」
とされています(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』398頁)。
一読して分かるとおり、解雇回避努力についての認定手法は、概説書に目を通しているだけでは理解できません。具体的な裁判例を多数検討することによってのみ、相場感覚を身に付けることができます。
本件は賞与をゼロにすることができたはずだといったように、かなり厳格に解雇回避努力を尽くしたのか否かが判断されています。ここまで厳格な判断がされたのは、本来能力不足解雇の可否として議論すべき問題を、整理解雇の必要性が認められる状況を奇貨として、整理解雇の枠組みで強引に押し切ろうという使用者側の意図が垣間見られたことも関係しているのではないかと思われます。
本件は、解雇回避努力についての認定の在り方を推知するうえで、参考になる裁判例であるように思われます。