弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の懲戒処分-審査請求と同時に取消訴訟を提起する手法の適否

1.審査請求前置

 国家公務員法92条の2は、

「第八十九条第一項に規定する処分(懲戒処分など 括弧内筆者)であつて人事院に対して審査請求をすることができるものの取消しの訴えは、審査請求に対する人事院の裁決を経た後でなければ、提起することができない。

と規定しています。

 また、地方公務員法51条の2は、

「第四十九条第一項に規定する処分(懲戒処分など 括弧内筆者)であつて人事委員会又は公平委員会に対して審査請求をすることができるものの取消しの訴えは、審査請求に対する人事委員会又は公平委員会の裁決を経た後でなければ、提起することができない。

と規定しています。

 こうした規定があるため、懲戒処分を受けた公務員は、事前に行政内部での審査請求を経なければ裁判所の司法判断を求めることができません(審査請求前置)。

 しかし、ここで不都合なことがあります。公務員の審査請求においては、懲戒処分の効力が停止されないことです。

 行政不服審査25条は、1項で、

「審査請求は、処分の効力、処分の執行又は手続の続行を妨げない。」

としながらも、2項で、

「処分庁の上級行政庁又は処分庁である審査庁は、必要があると認める場合には、審査請求人の申立てにより又は職権で、処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止その他の措置(以下「執行停止」という。)をとることができる。」

と規定しています。

 また、3項で、

「処分庁の上級行政庁又は処分庁のいずれでもない審査庁は、必要があると認める場合には、審査請求人の申立てにより、処分庁の意見を聴取した上、執行停止をすることができる。ただし、処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止以外の措置をとることはできない。」

と規定しています。

 しかし、国家公務員法でも地方公務員法でも、執行停止についての規定がある行政不服審査法第2章の規定の適用が除外されているため(国家公務員法90条3項、地方公務員法49条の2第3項)、懲戒免職された場合に、それを一時的に止めることができず、直ちに生活に支障が生じることがあります。

 こうした支障を回避しながら懲戒処分の効力を争う場合には、取消訴訟を提起するよりほかありません。取消訴訟を提起すれば、

「処分の取消しの訴えの提起があつた場合において、処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるときは、裁判所は、申立てにより、決定をもつて、処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止(以下『執行停止』という。)をすることができる。」

とする行政事件訴訟法25条2項の規定に基づいて、懲戒処分の効力の執行を停止できる余地が生じるからです。

 それでは、こうした執行停止手続を利用するため、審査請求と取消訴訟とを並行して申立・提起することは許されるのでしょうか? 審査請求前置との関係で、こうした措置が可能なのかどうかが問題になります。

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。津地判令2.8.20労働判例ジャーナル105-28 津市事件です。

2.津市事件

 本件は、公用車の自動車燃料給油伝票を用いて自家用車に不正給油したことを理由に懲戒免職処分を受けた地方公務員の方が提起した取消訴訟です。取消請求の対象となったのは、懲戒免職処分と、退職手当等の全額を支給しないとする退職手当支給制限処分です。

 本件の原告は、行政事件訴訟法8条2項2号を根拠に、審査請求と同日(平成29年4月21日)、本件免職処分の取消の訴えを提起しました。また、これと併せ、本件免職処分の執行停止の申立てを行いました。

 行政事件訴訟法8条2項2号というのは、

「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき。」

には審査請求前置が採られていても、裁決を経ないで取消訴訟を提起できるとする規定です。

 こうした訴えの提起に対し、被告自治体は審査請求前置がなされていないため、本件訴えは不適法却下されるべきであると主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、訴訟提起の適法性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件委員会の裁決に先立ち、本件免職処分取消しの訴えを提起しているものの、前記前提事実・・・によれば、本訴の係属中に本件委員会による裁決がされているから、本件免職処分取消しの訴えは、審査請求前置主義に反するものとはいえず、適法である。」

3.訴訟係属中に裁決がされていれば訴訟要件が具備されるのか?

 本件で興味深いと思ったのは、行政事件訴訟法8条2項2号の解釈論に踏み込むことなく「本訴の係属中に本件委員会による採決がされている」ことを理由に審査請求前置との関係を不問に付している部分です。これが行政事件訴訟法8条2項2号の要件が具備されているかどうかに関わらず、判決までの間に裁決がされていれば、審査請求前置の要請が満たされるという意味であれば、審査請求と同時に訴訟提起するという手法が、かなり広範に認められることになります。

 法の建付けとしては、審査請求は迅速になされるため、効力の停止の規定などを内部に設ける必要はないという形になっているのだろうと思います。

 しかし、実際の審査請求は必ずしも迅速に結論が出るものばかりではありませんし、事件の中には行政内部の判断では先ず結論は覆らないであろうと高い確度で予想できるものもあります。

 津市事件では、そうした事件を速やかに進捗させる方途を示した点においても、意義のある判示がなされているように思われます。