弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の懲戒処分-事情聴取と弁明の機会付与が渾然一体となっている問題

1.公務員の懲戒処分と弁明の機会

 行政手続法上、不利益処分をしようとする場合には、聴聞や弁明の機会の付与など、名宛人が意見陳述するための手続を執らなければならないとされています(行政手続法14条1項)。

 しかし、公務員の職務又は身分に関してされる処分に、行政手続法は適用されません(行政手続法3条1項9号)。そのため、公務員の方が懲戒処分を受けるにあたっては、行政手続法に規定されている聴聞や弁明の機会の付与のような手続を踏む必要はないとされています。

 ただ、だからといって弁明の機会を付与することが全く不要だと理解されているわけではありません。裁判例の趨勢としては、懲戒処分を行うにあたっては、弁明の機会付与が必要だとするものが多いように思われます。

 しかし、国家公務員法や地方公務員法に明文の規定があるわけではないため、どのような手続が執られれば弁明の機会が保障されたといえるのかは、極めて分かりにくい様相を呈しています。

 そうした状況の中、近時公刊された判例集に、弁明の機会付与の意味について判示した裁判例が掲載されました。昨日もご紹介した、津地判令2.8.20労働判例ジャーナル105-28 津市事件です。

2.津市事件

 本件は、公用車の自動車燃料給油伝票を用いて自家用車に不正給油したことを理由に懲戒免職処分を受けた地方公務員の方が提起した取消訴訟です。取消請求の対象となったのは、懲戒免職処分と、退職手当等の全額を支給しないとする退職手当支給制限処分です。

 本件の原告は、懲戒免職処分を受けるにあたり、事情聴取は受けたが、弁明の機会付与がなされていないとして、手続の適法性を争いました。

 具体的には、

「被告津市は、本件免職処分を行うに当たって、原告に対する事情聴取を行っているが、この事情聴取は、不利益処分の内容や根拠法令を告知した上で行われたものではなく、処分を行うための事実調査にすぎないもので、弁明の機会の付与といいうるものではなかった。また、この事情聴取は、連日の事情聴取などによって精神的に追い込まれていた原告に対して、誘導的な質問や、荒々しい言動を用いて行われた不適切なものであり、これをもって、原告に弁明の機会が付与されたとはいえない。」

と主張しました。

 これに対し、被告津市は、

「職員の懲戒処分については、法令上、弁明の機会を付与することは要求されていない上に、本件においては、被告津市の職員が、原告に対して、各非違行為に係る事情を詳細に聴取しているのであるから、原告には弁明の機会が付与されていたというべきである。」

と反論しました。

 裁判所は、この論点について、次のとおり述べて、弁明の機会は付与されていたと判示しました。

(裁判所の判断)

「地方公務員に対する懲戒処分については、行政手続法3条1項9号により、同法29条以下の弁明の機会の付与に関する規定の適用が除外され、津市行政手続条例にも同様の定めがあるため、被処分者に弁明の機会を付与することは法令上要求されていない。もっとも、懲戒免職処分による被処分者の不利益の重大性に鑑みれば、懲戒処分を行う者は、被処分者に弁明の機会が実質的に付与されていたといい得る程度の手続を行うべきであるものと解する。

「これについて本件を見ると、前記認定事実・・・よれば、P7らは、原告に対し、7度にわたって事情聴取をしていること、原告は、P7らに対し、自らの弁解を述べるとともに、その根拠となる資料を提出していることがそれぞれ認められ、原告としても、事情聴取等の調査の結果、非違行為が明らかになれば、何らかの懲戒処分を受け得ることは十分予測し得たと考えられる。このように、原告は、懲戒処分を予測し得る状況で、本件免職処分に先立って、P7らに対し、非違行為についての弁解を行うとともに、自らの主張を裏付ける資料の提出をするなどの立証活動を行うことができている。したがって、本件においては、原告に対して、弁明の機会が実質的に付与されていたといい得る程度の手続が行われていたというべきである。

「これに対し、原告は、被告津市の事情聴取について、不利益処分の内容や根拠法令を告知した上で行われたものではなく、処分を行うための事実調査にすぎないものであった旨主張する。しかしながら、本件においては、原告に対して、懲戒免職処分がされること等の告知はされていなかったものの、原告が懲戒処分を受け得ることを十分予測し得る状況で、弁明の機会が実質的に付与されていたといい得る程度の手続きが行われたことは上記・・・のとおりであるから、処分の内容の告知等を欠いたことは上記認定判断を左右しない。

「また、原告は、被告津市の事情聴取について、連日の事情聴取などによって精神的に追い込まれていた原告に対して、誘導的な質問や、荒々しい言動を用いて行われた不適切なものであり、これをもって、原告に弁明の機会があったとはいえない旨主張する。」

「前記認定事実・・・によれば、原告が精神的に追い込まれた状況にあったこと自体は認められる。しかしながら、事情聴取をする際に、記憶喚起のため、供述を引き出すための誘導的な質問をすること自体が不適切であるとはいえないし、要領を得ない回答に対して追及をしたりすることもそれ自体で不適切であるとまではいえず、原告自身も、P7らから供述を無理強いされたことなどはなかった旨供述・・・している。そうすると、被告津市の事情聴取の方法が、手続違背といい得るような不適切なものであったとはいえないから、原告の上記主張は採用できない。」

「以上によれば、本件免職処分が、原告に対する弁明の機会の付与を欠く、違法なものであったとは認められない。」

3.事情聴取と弁明の機会付与が渾然一体となっていても問題視されないことに注意

 上述のとおり、裁判所は、懲戒免職処分がされること等の告知がなかったとしても、

「懲戒処分を予測し得る状況で、本件免職処分に先立って、P7らに対し、非違行為についての弁解を行うとともに、自らの主張を裏付ける資料の提出をするなどの立証活動を行うことができている」

以上、弁明の機会は実質的に付与されていたと判断しました。

 事情聴取で弁解すれば、即ち、弁明の機会が付与されていたことになるとの立論は、やや乱暴であるようにも思われます。

 しかし、本件のような裁判例もあることを視野に入れると、懲戒処分が予想される状況のもとにおいては、単なるヒアリングにすぎないと甘くみることなく、事情聴取の段階から弁護士を関与・介入させておくことが強く推奨されます。懲戒処分を回避・軽減するためには、

誘導的・追及的な質問を跳ね返すとともに、

伝えるべきことを、漏らさず、かつ、的確に、懲戒権者に伝えておく

必要があるからです。

 事情聴取と同時に適切な防御活動を行うことは、精神的に追い込まれた状況のもと、非専門家が一人でするには荷が重すぎます。

 東京近郊であれば、私で相談に乗らせて頂くことも可能です。お困りの方がおられましたら、お気軽にご相談ください。