弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

試用期間の延長と就業規則の最低基準効の関係

1.試用期間の二面性

 多くの企業において、従業員の採用に当たって一定の試用期間を置き、労働者を実際に職務に就かせていて、採用試験や面接では知ることのできなかった業務適格性等をより正確に判断するということが行われています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕438頁参照)。

 試用期間中の労働関係の法的性質は、解約権留保付労働契約と理解されています。そして、試用期間中の解雇・留保解約権の行使は、無制限でこそないものの、通常の雇用契約における解雇の場合よりも広い範囲で認められるとされています(前掲文献438-439頁参照)。

 この試用期間の延長には、二つの側面があります。

 一つは労働者に有利な側面です。

 試用期間中に職務不適格と判断された労働者は解雇(留保解約権行使)の対象になります。しかし、試用期間が延長され、延長期間内に職務適格性を示すことができれば、通常の労働契約上の地位を得ることができます。

 もう一つは労働者に不利な側面です。

 試用期間中の労働者は、通常の雇用契約における労働者よりも、解雇されやすい不安定な地位に置かれます。試用期間の延長は、こうした不安定な地位を、伸ばすことでもあります。

2.就業規則の最低基準効との関係

 労働契約法12条は、

「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」

と規定しています。

 そのため、就業規則よりも不利な労働条件は、仮に、労働者との間で合意したとしても、その効力を否定され、就業規則で定める基準に置き換わります。

 それでは、試用期間の延長について就業規則で規定されていない場合、使用者と労働者が合意によって試用期間を延長することは認められるのでしょうか?

 試用期間の延長が就業規則で定める基準よりも労働者に有利だといえるのであれば、合意は有効になります。

 他方、試用期間の延長が就業規則で定める基準よりも労働者に不利といえるのであれば、労働契約法12条によって延長の効力は否定され、試用期間の経過により労働者は通常の労働契約上の地位を取得することになります。

 しかし、最初に述べたとおり、試用期間の延長には、労働者に有利な側面と不利な側面とが併存していて、有利・不利を二者択一的に判断することはできません。

 ここに試用期間の延長と「就業規則で定める基準」との関係性が問題になります。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.9.28労働判例ジャーナル105-1 明治機械事件です。

3.明治機械事件

 本件は延長された試用期間中に解雇(本採用拒否)された労働者が原告となって、試用期間延長の無効・解雇無効を主張し、勤務先に対し、労働契約上の地位の確認等を請求した事件です。

 被告勤務先の就業規則では、試用期間は次のように定められており、延長についての規定がありませんでした。

「新たに採用された従業員には、3か月以内の試用又は一定期間の見習を命ずる。試用又は見習中3か月以内の従業員で業務に不適当と認められる者は、何時にても解雇することができる。」

 そのため、試用期間の延長を合意することは、労働者を不安定な地位に置き続ける点で延長規定のない就業規則で定める基準に達しておらず、労働契約法12条との関係で認められないのではないのかが問題になりました。

 裁判所は、試用期間の延長と労働契約法12条との関係について、次のとおり判示したうえ、延長の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件雇用契約における試用期間は、職務能力や適格性を判定するため、使用者が労働者を本採用前に試みに使用する期間で、試用期間中の労働関係について解約権留保付労働契約であると解することができる。そして、試用期間を延長することは、労働者を不安定な地位に置くことになるから、根拠が必要と解すべきであるが、就業規則のほか労働者の同意も上記根拠に当たると解すべきであり、就業規則の最低基準効(労働契約法12条)に反しない限り、使用者が労働者の同意を得た上で試用期間を延長することは許される。

「そして、就業規則に試用期間延長の可能性及び期間が定められていない場合であっても、職務能力や適格性について調査を尽くして解約権行使を検討すべき程度の問題があるとの判断に至ったものの労働者の利益のため更に調査を尽くして職務能力や適格性を見出すことができるかを見極める必要がある場合等のやむを得ない事情があると認められる場合に、そのような調査を尽くす目的から、労働者の同意を得た上で必要最小限度の期間を設定して試用期間を延長することを就業規則が禁止しているとは解されないから、上記のようなやむを得ない事情があると認められる場合に調査を尽くす目的から労働者の同意を得た上で必要最小限度の期間を設定して試用期間を延長しても就業規則の最低基準効に反しないが、上記のやむを得ない事情、調査を尽くす目的、必要最小限度の期間について認められない場合、労働者の同意を得たとしても就業規則の最低基準効に反し、延長は無効になると解すべきである。

4.最低基準効に抵触するかは延長の趣旨によって決まる

 上述のとおり、裁判所は、試用期間の延長が就業規則の最低基準効に抵触するか否かは、趣旨によって決まると判示しました。

 具体的には、そのままでは解約権行使をせざるを得ない場合に労働者の利益を図って適格性調査のため必要最低限の延長を合意することは適法であるものの、調査目的を欠く場合であったり、期間が必要最小限度性を満たしていなかったりする場合には、延長は無効になるとの理解を示しました。

 就業規則の建付けとして、会社に裁量で試用期間を延長する権限が認められている場合には、また別途の規範が適用されるとは思いますが、本件は試用期間の延長規定のない就業規則と労働契約法12条との関係性を示した事例として参考になります。