弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

就業規則の相対的必要記載事項の欠缺と最低基準効との関係性

1.就業規則の相対的必要記載事項

 就業規則には、

必ず記載しなければならない事項(絶対的必要記載事項)と、

そのような制度を設ける場合には記載する必要がある事項(相対的必要記載事項)

があります(労働基準法89条、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕173頁参照)。

 相対的必要記載事項の一つに、

「労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項」(労働基準法89条5号)

があります。

 それでは、就業規則で相対的必要記載事項としての労働者の負担を定めることなく、労働者との個別合意で会社の営業活動のための費用を労働者に転嫁することは許されるのでしょうか?

 これは就業規則の最低基準効をどのように理解するのかという問題です。

 労働契約法12条は、

「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」

と規定しています。つまり、就業規則の水準を下回る労働条件は、労使間で個別合意をしたところで無効であり、就業規則で定める基準に置き換えられることになります。

相対的必要記載事項である労働者の費用負担について就業規則に記載がないということは、労働者の費用負担がない状態が「就業規則で定める基準」になるのではないか、

そうであるとすれば、相対的必要記載事項が欠缺した状態で、会社の営業活動のための費用を労働者に転嫁することを労働者と個別に合意したとしても、そのような合意に法的効力は認められず、労働条件は労働者の費用負担がない状態に代置されるのではないか、

という疑問が生じます。

 一昨々日、一昨日、昨日とご紹介している、京都地判令5.1.26労働判例1282-19 住友生命保険(費用負担)事件は、この問題について判示した裁判例でもあります。

2.住友生命保険(費用負担)事件

 本件で被告になったのは、生命保険業等を行う会社です。

 原告になったのは、被告の営業職員の方です。賃金から被告が業務上の経費を控除したことは労働基準法24条1項の全額払原則に反すると主張し、控除された分の支払い等を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告が賃金から控除された費目には、携帯端末使用料、機関控除金(被告が週1回発行するチラシ代など)、会社斡旋物品代(「SUMITOMO LIFE」のロゴ入りチョコレート・飴等の販促品代など)がありました。

 本件では、こうした費用を賃金から控除することが許されるのかが問題になりました。

 この問題に判断をするにあたり、本件では、

労使協定の有効性、

賃金控除に関する個別合意の成否、

のほか、

個別合意が認められたとしても、営業活動のための費用を労働者の負担とすることが就業規則に記載されていなかった時期の費用に関しては、就業規則の最低基準効との関係で、費用を労働者負担にすること・賃金控除を行うことが許されないのではないか

が問題になりました。

 三つ目の論点に関する原告の主張は、次のとおりです。

(原告の主張)

「労働者に費用を負担させる場合には、就業規則の相対的必要記載事項となるから、本件費用の控除について就業規則に定めがない場合には、就業規則の最低基準効により、これに反する本件合意は無効である。」

 このような原告の主張に対し、裁判所は、次のとおり述べて、規定の欠缺の場合、最低基準効との関係は問題にならないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告の旧就業規則には、本件費用を控除することを定めた規定がなかったこと・・・から、旧就業規則が改正される令和2年2月20日までは、就業規則の最低基準効により、本件費用を控除する旨の合意は無効であると主張する。」

「しかしながら、就業規則に記載がないという本件の場合には、最低基準効の問題ではないと解され、原告の上記主張は採用できない。

3.理由らしい理由が書かれていないが・・・

 相対的必要記載事項の欠缺を最低基準効との関係で問題にして行くことができないのかは、以前、このブログでも触れたことがありますが、裁判所は、上述のとおり、就業規則に記載がない場合、それは最低基準効の問題にはならないと判示しました。

退職する際に請求された制服のクリーニング代、払わなければならないのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

 判決には理由らしい理由が書かれていないため、なぜ最低基準効の問題にならないのかは不明というほかありません。

 私には原告の主張の方が余程論理的に思えますが、相対的必要記載事項の記載の欠缺を最低基準効との関係で問題にして行く手法に関して消極的な判断を示す裁判例が出現したことは留意しておく必要があります。