弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

退職する際に請求された制服のクリーニング代、払わなければならないのか?

1.制服のクリーニング代の請求

 ネット上に、

「バイト退職、制服のクリーニング代『2万円』を請求された これって自己負担なの?」

という記事が掲載されていました。

https://www.bengo4.com/c_5/n_10184/

 記事は、

「ある相談者は、アルバイトを始めた際には何も言われず、制服を渡されました。しかし、辞めるときになって、『シャツ2枚とジャケット1枚返却の際クリーニング代2万請求するから』と言われ驚いています。」

「また、最近、飲食店のバイトを辞めたという相談者は、制服をクリーニングして返すように言われました。契約時には一切言われておらず、『家での洗濯だけできれいになってるように見えているのですが、クリーニングに出してから返す必要はあるのでしょうか』と疑問に感じているようです。」

との設例をもとに、

「制服のクリーニング代は、働いた人が負担しなければならないのでしょうか。」

と問題提起しています。

 これに対し、回答をしている弁護士の方は、

「●雇用契約した時に明示されたか」

という項目建てのもと、

「労働者が制服のクリーニング代を負担しなければいけないかどうかは、雇用契約に『労働者が制服のクリーニング代を負担する』という条件が含まれているかどうかによって決まります。」

「そのような条件がなければ、仕事で汚れた制服のクリーニング代は雇用主が負担することとなり、労働者がクリーニング代を負担する必要はありません。」

と述べています。

 また、

「条件が入っていたら、どうでしょうか」

という質問に対して、

「雇用契約に『労働者が制服のクリーニング代を負担する』という条件が含まれている場合、正社員かアルバイトにかかわらず、雇用主は、雇用契約締結時に、そのような条件が含まれていることを明示しなければなりません。この明示を怠った場合には、雇用主は、労働基準法違反で処罰されることになります。」

「無用なトラブルを避けるためにも、雇用契約を締結する前に、雇用主から明示された労働条件をしっかり確認する必要があります。」

と述べています。

 クリーニング代の負担が労働条件に含まれていない場合、支払う必要がないのは回答者の方の指摘するとおりだと思います。

 しかし、労働条件通知書(労働基準法15条所定の書面)や雇用契約書に

「労働者が制服のクリーニング代を負担する」

という記載があれば直ちに救済の余地がなくなるのかといえば、その点は少し疑問に思っています。

 また、負担しなければならない場合でも、労働契約の内容が、

「労働者が制服のクリーニング代を負担する」

という文言で規律される場合、2万円という金額を争う余地があることにも言及があって良いのではないかと思います。

2.明示されていたり雇用契約書で規定されていたりしたとしても、就業規則に該当の規定がなかったらどうなのか?

 少し疑問に思っているのは、就業規則の最低基準効との関係です。

 労働契約法12条は、

「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」

と規定しています。

 幾ら当事者間での合意があったとしても、就業規則で定められている水準を下回っている約定が効力を持つことはありません。これは講学上、就業規則の最低基準効と呼ばれています。

 労働基準法89条は、

「労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項」

を就業規則で定めておかなければならないと規定しています(5号参照)。

 この

「定めをする場合」

という文言は、

「明文の規定を設ける場合はもちろん、不文の慣行又は内規として実施されている場合も含む。このような場合には、本条の規定により、当該事項を就業規則に記載しなければならない。」

という意味で理解されています(厚生労働省労働基準局編著『平成22年版 労働基準法 下』〔労務行政、平成22年版、平23〕898頁参照)。

 つまり、制服のクリーニング代を労働者の負担とする仕組みが制度・慣行として存在する場合、就業規則に必ず規定されていなければならないことになります。

 就業規則に規定がない場合、制服のクリーニング代の負担をしなければならないことは、労働条件には含まれないのではないかと思います。

 そうであるとすれば、幾ら雇用契約時に労働条件通知書や雇用契約書に制服のクリーニング代の記載があったとしても、就業規則を参照して対応する規定がなければ、就業規則の内容から導かれるよりも不利な労働条件を合意したものとして、最低基準効により、その効力を否定されるのではないかという疑問が生じます。

 就業規則の相対的必要記載事項(「定めをする場合においては」必ず記載しなければされているもの)の記載の欠如と最低基準効との関係を明示的に整理した裁判例・文献は私の知る限り見当たりません。

 そのため、疑問として提示するに留めましたが、雇用契約時に明示されて合意してしまったとしても、就業規則にきちんと書かれていなければ、もう一勝負する余地はあるのではないかと思います。

3.「雇用契約に『労働者が制服のクリーニング代を負担する』という条件が含まれている」場合とはどのような場合か?

 あと、回答者の方の

「雇用契約に『労働者が制服のクリーニング代を負担する』という条件が含まれている」

場合という言い回しは少し気になります。

 これだと一般の人は、あまりイメージがし辛いのではないかと思います。

 この点に関して参考になる裁判例に、東京地判平29.8.25判例タイムズ1461-216があります。

 この裁判例は固定残業代の有効性を論じたものではありますが、

「就業規則の内容が労働契約成立時から労働条件の内容となるためには、①労働契約成立までの間に、その内容を労働者に説明し、その同意を得ることで就業規則の内容を労働契約の内容そのものとすること、又は②労働契約を締結する際若しくはその以前に合理的な労働条件を定めた就業規則を周知していたこと(労働契約法7条)を要する。

と判示しています。

 要するに、クリーニング代を労働者の負担にすることができるのは、

就業規則にそのことがきちんと書かれており、

かつ、

その内容が労働者に説明され同意が取り付けられていたり、事前に労働者に周知されていたりされていた場合

に限られるのではないかと思います。

 設問中の、

「アルバイトを始めた際には何も言われず」

「契約時には一切言われておらず」

という事実が立証可能であるとすれば、仮に、クリーニング代の負担について就業規則に該当の規定があったとしても、支払いを拒める可能性はあると思います。

4.金額を争う余地はあるのでは?

 回答者の方は言及していないようですが、クリーニング代の負担を免れられない場合でも、具体的な金額まで踏み込んだ規定がなされていなければ、2万円という金額を争う余地はあるのではないかと思います。

 民間のサイトなので信憑性に留保は必要ですが、クリーニング代の相場に関しては、

ジャケット 800円~1200円、

ワイシャツ 250円~400円

という説もあります。

https://www.kajitaku.com/column/dry-cleaning/1401

 直観的に、

「シャツ2枚とジャケット1枚で2万円もかかるか? 相当盛っているのでは?」

という気がします。

 クリーニング代と定めてさえいれば、幾ら高額のクリーニングをしても構わないという理解は、一般的ではないと思います。

 必要かつ相当な範囲を超えるクリーニング代の負担は拒むことは可能だろうと思います。

 金額がそれほどでもない場合、どこまで大事にするかは考えどころですが、釈然としない方は、対応を弁護士に相談してみるとよいと思います。