1.弁護権の濫用?
ネット上に、
「弁護士の弁護権の濫用による一層の混迷 ― 千葉ゴルフ場鉄塔崩壊事件 ―」
なる記事が掲載されていました。
https://www.data-max.co.jp/article/31690
記事が指摘する「千葉ゴルフ場鉄塔崩壊事件」とは、おそらく、
「関東地方を襲った台風15号(9日)で、千葉県市原市にあったゴルフ練習場の鉄塔が倒壊し、いくつもの住宅が破損した。」
事件のことを指しているのではないかと思います。
https://www.zakzak.co.jp/eco/news/190930/ecn1909300001-n1.html
「弁護権の濫用」を指摘する記事は、
「鉄塔の所有者が民事賠償責任を免れる場合は鉄塔およびネットの設置管理に瑕疵がなかった場合ですが、現在まで、客観的に瑕疵を推認させる事実は存在しても瑕疵の存在を否定する事実はまったく存在せず、また、具体的に弁護人からの主張もありません。ただ、『天災だから責任がない』という主張だけです。このような乱暴な論理でもって賠償責任を否定して必要な原状回復義務の放置不履行はそれだけで新たな賠償責任を発生させています。この事態は弁護人の不当な弁護活動に起因するものですから、明かに弁護権の濫用による新たな権利侵害です。被害者は受任弁護士による違法な弁護活動自体の法的責任を追及すべきで、また所有者は未熟な弁護士を早急に解任して誠実な弁護士を任命しなければますます法的責任が増大することを認識すべきです。」
と対応にあたっている弁護士への法的責任の追及を示唆しています。
被害に遭われた方は、大変お気の毒だと思います。
ただ、所掲の記事を真に受けて、代理人弁護士に法的責任を追及するといったことは、控えておいた方がよいかと思います。
2.基本的な法律用語の整理
所掲の記事は基本的な法律用語の使い方に問題がるため、先ず、その点を整理しておきます。
「弁護人」というのは「刑事訴訟法上、被疑者、被告人の弁護を任務とする者」をいいます(法令用語研究会『法律用語辞典』〔有斐閣、第4版、平24〕1026頁)。
「弁護権」という言葉も「刑事訴訟において、被疑者や被告人の利益を擁護するために認められた権利」をいいます(上記文献1026頁参照)。
本件でテーマになっているのは、民事的な損害賠償責任の有無ではないかと思います。
したがって、
「弁護人の不当な弁護活動」
「弁護権の濫用による新たな権利侵害」
と言われても、当の弁護士にはピンときません。
おそらく、
「この方は、何を言っているのだろうか?」
というのが大方の弁護士の第一印象ではないかと思います。
3.弁護士の役割とは
所掲の記事は、
「この立場の人間は先ず第一に紛争の客観的な状況を把握して、関係当事者が最終的に合意できる解決策を迅速に模索することが基本的な義務です。」
と弁護士の立場を規定しています。
おそらく、こうした理解が、弁護士の活動に対する批判の基盤になっているのではないかと思います。
しかし、これは誤解ではないかと思います。
弁護士が守らなければならない会規の一つに
「弁護士職務基本規程」
というものがあります。
職務基本規程には、
「弁護士は、良心に従い、依頼者の権利及び正当な利益を実現するように努める。」(21条)、
「弁護士は、委任の趣旨に関する依頼者の意思を尊重して職務を行うものとする。」
(22条1項)、
と書かれています。
https://www.nichibenren.or.jp/jfba_info/rules/society-laws.html#H
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/rules/pdf/kaiki/kaiki_no_70_160525.pdf
弁護士の仕事は、依頼者の意思を尊重しながら、依頼者の権利利益を実現することです。もちろん、依頼者の意向が違法・不当なものである場合に、それに唯々諾々と従ったりすることはありませんが(「良心に従い・・・正当な利益を実現する」というのはそのような趣旨です)、客観的な正解を探求したり、紛争の関係当事者の誰もが納得できるような合意を取り付けることは本来的な職務ではありません。
依頼者の意向に反して、独断で客観的な正解を探求しだしたり、紛争の対立当事者の意向に従った動きをしたりすれば、それこそ委任契約の本旨に反する動きをしたとして依頼者から責任を追及されかねないことになります。
そのため、
「関係当事者が最終的に合意できる解決策を迅速に模索することが基本的な義務です。
(これを委任の本旨という)」
と言われても、大方の弁護士は、
「委任(契約)の本旨とは、そういう意味だっただろうか?」
「関係当事者が合意できる解決策とか言われても・・・。そもそも、立場の違いで合意できない場合いがあるからこそ、裁判で白黒つけるという仕組みが存在するのではないだろうか。この人は裁判制度を否定しているのだろうか。」
と印象を持つのではないかと思います。
4.「鉄塔崩壊は天災であるから、賠償責任を負わない」という主張は「明らかな謬論」か?
所掲の記事は、
「本件弁護人の『鉄塔崩壊は天災であるから、賠償責任を負わない』という主張は明らかな謬論です。」
と議論を展開しています。
しかし、そのようなことが証拠を直接検討していないのに、何で分かるのかなと思います。
民法717条1項は、
「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。」
と規定しています。
記事では
「設置管理」
という言葉を繰り返し用いていますが、法令用語としては、
「設置又は保存」
というのが正確です。
そして、
「瑕疵」
とは、
「工作物が、その種類に応じて、通常予想される危険に対し、通常備えているべき安全性を欠いていること」
と定義されています(能見義久ほか編『論点体系 判例民法8 不法行為Ⅱ』〔第一法規、第2版、平25〕397頁参照、潮見佳男教授らの文献の定義が本書でも引用されています)。
瑕疵の有無は、
「工作物の客観的正常から、通常予想される危険に対して安全性を備えているかを判断することになる(客観説)。裁判例は、瑕疵とは土地の工作物が通常備えているべき性状、設備、すなわち安全性を欠いていることであるとする」
「そして、その判断に際しては、当該工作物の構造、用語、場所的環境及び利用状況等の事情を総合考慮したうえ、通常予想される危険の発生を防止するに足りるものであるかを具体的、個別的に判断する」
とされています(上記文献397頁参照)。
また、
「瑕疵の有無は、事故時の科学技術の水準を規準として判断する」
ともされています(上記文献398頁参照)。
本件は数ある事件の中でも、かなり取扱いが難しい事件だろうと思います。
所掲の記事は、
「鉄塔の崩壊は防護ネットの風圧によって引き倒されたもので、防護ネットをあらかじめ巻き取って退避させておけば発生しなかったものですから、設置管理の瑕疵は明白です。とくに、防護ネットが着脱ないし可動式でなく固定式であったことはそれだけで重大な設置管理の瑕疵と評価されます。鉄塔の基礎部分の鉄骨土台の経年劣化腐食も報道されており、事実であれば設置管理上の瑕疵は明白です。」
と述べています。
前提事実自体が良く把握できませんが、所掲の記事の文章を手掛かりにするだけでも、
「防護ネットの風圧によって引き倒されたと立証できるのだろうか。ネットが無くても倒れていた可能性はないのだろうか。」
「ネットをあらかじめ巻き取っておくべき注意義務を措定できるだろうか。巻き取らなければ倒れることが予見可能だったと言えるのだろうか。」
「固定式の防護ネットであることそれ自体を瑕疵として構成することが果たして可能なのだろうか。」
「鉄骨土台に経年劣化や腐食があったとして、それに対して、どの時点で、どのような対応をしなかたことが管理上の瑕疵と構成できるだろうか。」
「本件台風は『通常予想される危険』という範疇に含まれるのだろうか。」
「どの程度の風速にまで耐えられるように設置、管理しておけば『通常備えているべき安全性』を欠いたことになるのだろうか。」
といったことが疑問として生じてきます。
「工作物から損害が発生した場合には、事故の発生自体から瑕疵の存在が推定され得ることに注意すべきである」との見解はあります(上記文献393頁)。
しかし、「瑕疵の存在は、原告(被害者側)が立証しなければならない」とされています(上記文献393頁)。
上記のような疑問と一つ一つ解きほぐして証拠を固め、請求権の存在を主張、立証するのは、基本的には被害者側の仕事です。
ゴルフ場側の代理人弁護士が他に何の説明もなく、
「鉄塔崩壊は天災であるから、賠償責任を負わない」
という主張をしたのかは分かりませんが、本件はゴルフ場が責任を負うことが自明であるといった単純な事案でないことは間違いないと思います。
本件台風は「通常予想される危険」の範疇を超えるものであるし、本件鉄塔も普通の台風に耐えられる程度の安全性は有していたといった意味で、
「鉄塔崩壊は天災であるから、賠償責任を負わない」
という主張が提示されたときに、きちんとした事実・法令の調査や、証拠の精査をしないまま、これを、
「明らかな謬論」
と断言するのは、かなり勇気のいる主張だと思います。
5.弁護士に対する攻撃はリスクがある・責任追及はあくまでも本人に
上述のとおり、基本的に弁護士は依頼者の意向に従って動きます。それは正当な職務行為だとするのが一般的な理解だと思います。
確かに、依頼者による明らかな違法行為を弁護士が助長していれば、弁護士に対する責任追及の余地もあり得るかもしれません。
しかし、
「鉄塔崩壊は天災であるから、賠償責任を負いたくない。」
という主張は、軽々に間違いであると言い切れるものではありません。
こうした依頼者の意向に従って、損害賠償責任がないと主張することが違法な弁護活動と評価される可能性は、極めて低いだろうと思います。
そのため、記事を真に受けて、ゴルフ場の代理人弁護士に矛先を向けかえることは勧めません。
なぜ、勧めないのかというと、反撃や報復が容易に予想されるからです。
訴訟提起に心理的な壁を感じる一般の方は珍しくありません。しかし、弁護士は見解の相違は訴訟で片付ければよいと考えているため、訴訟提起に対するハードルが高くありません。
根拠のない請求をすれば、正当な職務行為に対する嫌がらせだとして、逆に訴えられかねません。
そして、逆に訴えられたときに、所掲の記事の著者は守ってはくれません。
所掲の記事を示したところで、弁護士に矛先を向けかえたことを正当化することは、極めて難しいと思います。
被害に遭った時にも、責任追及の矛先は間違えないようにするのが大切です。
一般の方が所掲の記事を真に受けないよう、注意喚起まで、本記事を執筆しました。