弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

勤務形態変更の申込みはいつまで有効なのか?

1.勤務形態変更の申込み

 労働契約法8条は、

「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。」

と規定しています。

 この合意(契約)は、

「契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立」

します(民法522条1項)。

 つまり、労働条件の変更を可能とする「合意」は、申込み-承諾という労使双方の意思表示で構成されています。

 労働条件の変更は、使用者側から持ち掛けられることもありますが、労働者側から希望が出されることもあります。

 それでは、労働者側から労働条件の変更が申込まれた場合、使用者はいつまで承諾することが可能なのでしょうか。労働者側から申込みがなされた後、何か月も経ってから承諾するということは、果たして許されるのでしょうか? 何か月も経ってから行われた承諾に対し、労働者は、今更労働条件が変更されることは望まないと言って、合意の効力を争うことはできないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令2.7.2労働判例ジャーナル104-52 西日本高速道路事件です。

2.西日本高速道路事件

 本件は職種変更の合意の成否が争点の一つとなった事件です。

 被告になったのは、高速道路の新設及び管理等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の職員の方です。平成27年1月5日に「勤務地域区分変更申請書」を作成し、「総合職(全地域)」であった職種を、変更申請職種:地域限定、地域限定の場合の希望勤務地域:P4支社とする旨を記載した書面をメールに添付して送信しました(本件変更申請)。

 これに対し、被告会社は、平成27年7月1日付けで、

「P4支社建設事業部施設建設課勤務を命ずる

総合職の勤務地域区分の変更に関する規程第5条の規定に基づき勤務地域区分を全地域から地域限定(関西)に変更する」

などと書かれた辞令を発しました(本件辞令)。

 しかし、被告が定めた「総合職の勤務地域区分の変更に関する規程」(区分変更規程)には、次のように書かれていました。

(第4条)

「会長は、・・・変更申請があったときは、申請年度の翌年度の4月1日に変更を認定するか否かを決定し、その結果を変更申請した社員に通知するものとする。」

(第5条)

「変更申請について、前条により認定を受けた社員の区分の変更は、次の各号のいずれかに掲げる日に、辞令をもって行う。
一 認定日において、希望地域に所在する事業所に所属している場合 認定日
二 認定日において、希望地域に所在する事業所に所属していない場合 希望地域に所在する事業所に異動した日」

 本件の原告は、

「区分変更規程4条では『変更申請があったときは、申請年度の翌年度の4月1日に変更を認定するか否かを決定し』等として具体的な期日を定めているのであるから、原告がした本件変更申請は、民法521条にいう承諾期間の定めがある『申込み』に当たる。そして、原告は、同承諾期間内である平成27年4月1日までに、勤務地区分変更の『承諾』の意思表示を受けておらず、上記『申込み』は効力を失ったので、本件変更合意は成立していない。」

と主張しました。

 原告の主張にある民放521条とは改正前民法の

「承諾の期間を定めてした契約の申込みは、撤回することができない。」
「申込者が前項の申込みに対して同項の期間内に承諾の通知を受けなかったときは、その申込みは、その効力を失う。」

という条文をいいます。

 改正後の民法においては、523条で、

「承諾の期間を定めてした申込みは、撤回することができない。ただし、申込者が撤回をする権利を留保したときは、この限りでない。」

「申込者が前項の申込みに対して同項の期間内に承諾の通知を受けなかったときは、その申込みは、その効力を失う。」

と同様の定めがなされています。

 この論点に対し、裁判所は、次のとおり述べて、辞令による承諾、労働条件変更合意の成立を認めました。

(裁判所の判断)

原告は、被告会社に対し、勤務地域区分を『全地域』から『地域限定』に変更することを求める旨の本件変更申請を行い・・・、その後、被告会社は、原告に対し、その申請内容どおりに勤務地域区分を変更する旨記載した本件辞令書に係る辞令を発し、その内容が原告に対して告知されたこと・・・がそれぞれ認められる。そして、本件変更申請が『申込み』に、本件辞令書に係る辞令を発したことが『承諾』に当たるものと解されるから、当事者間の雇用契約の内容を変更する旨の本件変更合意が成立したものと認定できる。

(中略)

「本件全証拠によっても、本件変更申請について、その申請書の記載あるいは別途口頭の申出等によって『承諾期間』が付されていることは認められない。前記前提事実のとおり、区分変更規程上『申請年度の翌年度の4月1日』に変更するか否かを決定する旨の規定はあるものの・・・、これは、申請者による申請、会長による認定、辞令の発出という一連の手続における期日を示したものにすぎないことは明らかである。」

(中略)

「以上によれば、本件変更合意は有効に成立したものと認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。」

3.気が変わったら、申込みは、速やかに、かつ、明示的に撤回しておくのが無難

 上述のとおり、裁判所は、1月の申込みに対し、7月1日付けの辞令で承諾があったとして、労働条件の変更合意の成立を認めました。

 しかし、制度上、4月1日までに通知することになっているのであるから、そうした通知が期間内になければ申込みの効力は失われると理解するのが素直なように思われます。

 また、本件の原告の方は、平成27年6月29日に、被告会社のP6課長に対し、

「標記の件について、再確認したい内容がありますので再度回答を求めます。なお、6月9日(火)の発言と実際の対応に差異がみられますが、いかがなものでしょうか? また、総合職→地域限定職への変更は立派な労働条件変更になりますので詳細確認を必要としています。(今後の人生・生活を踏まえ、一大決心で地域限定職への申込みをしたにもかかわらず、そちらの対応がずさんに感じます。)7月1日の賃金制度変更については、不利益変更が含まれるため、同意できません。」

などと記載したメールを送信していました。

 承諾の期間を定めないでした申込みは、

「申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは、撤回することができない。」

とされています(民法525条1項本文)。

 つまり、期間を定めずに申込みをした場合、相当な期間を経過すれば、表意者は申込みを撤回することができます。

 本件変更申請を承諾期間の定めのない申込みと理解するのであれば、上記のメールを申込みの撤回と評価することが可能であるように思われます。

 しかし、裁判所は、そういう理解も採用しませんでした。

 本件のような事実関係のもと、平成27年7月1日の辞令をもって本件変更申請に対する承諾と構成することにはかなりの違和感があります。

 しかし、こういう裁判例もある以上、明示的に期限を付せず勤務形態の変更の申込みをしてしまい、それを翻意したくなった場合には、速やかに、かつ、明示的に申込みを撤回する旨の意思表示をしておいた方が無難そうです。