弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

無期転換権を行使した労働者には正社員就業規則が適用されないのか?

1.無期転換ルールと無期転換行使後の労働条件

 労働契約法18条1項1文は、

「同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約・・・の契約期間を通算した期間・・・が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。」

と規定しています。

 これは、簡単に言うと、有期労働契約が反復更新されて、通算期間が5年以上になった場合、労働者には有期労働契約を無期労働契約に転換する権利(無期転換権)が生じるというルールです(無期転換ルール)。

 無期転換権を行使した労働者の労働条件がどうなるかについては、労働契約法18条1項2文が、

「この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件・・・と同一の労働条件(当該労働条件・・・について別段の定めがある部分を除く。)とする。」

と規定しています。

 要するに、

期間以外の労働条件は、原則として現に締結している有期労働契約の内容に準拠する、

ただし、別段の定めがある場合はこの限りではない、

という意味です。

 それでは、正社員就業規則は、ここでいう「別段の定め」に該当しないのでしょうか? 無期転換権の行使によって無期労働契約者となった以上、同じく無期労働契約者である正社員の就業規則が適用になるとはいえないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪高判令3.7.9労働判例1274-83 ハマキョウレックス(無期契約社員)事件です。

2.ハマキョウレックス(無期契約社員)事件

 本件で被告・被控訴人になったのは、一般貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社です。

 原告・控訴人になったのは、被告との間で有期労働契約を締結し、トラック運転手として配送業務に従事してきた方2名です。いわゆる無期転換ルールの適用を主張し、契約は無期労働契約に転換しました。しかし、適用される就業規則の内容に争いがあったため、原告らは正社員就業規則(期間の定めのない労働契約を締結して採用された労働者に適用される就業規則)に基づく権利を有する地位にあることの確認等を求める訴えを提起しました。

 一審が原告の請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 就業規則の適用関係について、裁判所は、次のとおり述べて、正社員就業規則の適用を否定し、控訴を棄却しました。

(裁判所の判断)

控訴人らは、当審において、無期転換後の控訴人らの労働条件は、正社員であるAとの職務評価や待遇の比較において、職務評価による職務の価値が同一であれば同一又は同等の待遇とすべき原則(同一価値労働同一賃金の原則)に反しており、公序違反により無効であるから、信義則上、控訴人らと被控訴人との間において正社員就業規則が適用されるとの合意が成立したとみるか、無期転換後の控訴人らの労働条件について正社員就業規則が適用されるというべきであるなどと主張する。しかし、証拠・・・によれば、労契法18条を新設した労働契約法の一部を改正する法律案が審議された第180回国会における参議院厚生労働委員会(平成24年7月31日開催)において、厚生労働大臣政務官が、契約期間の無期化に伴って労働者の職務や職責が増すように変更されることが当然の流れとして考えられるが、当事者間あるいは労使で十分な話し合いが行われて、新たな職務や職責に応じた労働条件を定めることが望ましく、『別段の定め』という条文も、こうした趣旨に沿った規定であると考えられるとの答弁をしていること、労契法の改正内容の周知を図ることを目的として発出された『労働契約法の施行について』(平成24年8月10日基発0810第2号都道府県労働局長あて厚生労働省労働基準局長通知)・・・において、『別段の定め』とは、『労働協約、就業規則及び個々の労働契約(無期労働契約への転換に当たり従前の有期労働契約から労働条件を変更することについての有期契約労働者と使用者との間の個別の合意)をいうものであること』と説明されていることが認められる。そして、これらを踏まえると、労契法18条1項後段の『別段の定め』とは、労使交渉や個別の契約を通じて現実に合意された労働条件を指すものと解するのが相当であり、無期転換後の労働条件について労使間の合意が調わなかった場合において、直ちに裁判所が補充的意思解釈を行うことで労働条件に関する合意内容を擬制すべきものではなく、控訴人が主張するような同一価値労働同一賃金の原則によって労働条件の合意を擬制することが制度上要求されていると解することはできないというべきである。このことからしても、本件において、控訴人らが主張する職務評価による職務の価値が同一であれば同一又は同等の待遇とすべき原則(同一価値労働同一賃金の原則)が、平成30年10月1日の控訴人らの無期転換の時点において公の秩序として確立しているとまでは認めるのは困難である。また、控訴人らと正社員であるAとの職務評価や待遇等と比較しても、無期転換後の控訴人らの労働条件と正社員のそれとの相違が、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲等の就業の実態に応じて許容できないほどに均衡が保たれていないとも認め難い。したがって、この点に関する控訴人らの主張は採用できない。」

3.正社員就業規則が当然に適用されるわけではない

 以上のとおり、裁判所は、正社員就業規則の適用を否定しました。本件は契約社員就業規則の適用を明示的に合意してしまっていた事案であり、過度な一般化は慎まれるべきだとは思いますが、無期転換ルールを争って勝ったその先のことまで考えるにあたり参考になります。