弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

違法解雇で慰謝料請求が認められる場面-懲戒解雇辞令の社内掲示

1.違法解雇と慰謝料請求

 地位確認訴訟で解雇が違法無効であることが認定された場合、解雇されて以降の未払賃金の支払を請求することができます。

 しかし、これに加えて、当然に慰謝料の請求までが認められるわけではありません。慰謝料を請求するためには、違法な加害行為が認められるだけではなく、

当該加害行為が故意・過失に基づいていること、

損害が発生していること、

が必要とされているからです(民法709条参照)。

 結果的に解雇が違法無効であると裁判所で認められたとしても、会社内部で適切な検討がなされていて、過失が認められない場合、違法解雇を理由とした慰謝料請求は棄却されてしまいます。

 また、違法解雇により精神的苦痛が発生していたとしても、解雇の違法無効が認定されることにより自動的に慰謝されるレベルに留まっている限り、損害の発生という要件が認められないため、慰謝料請求は、やはり棄却されることになります。

 それでは、解雇の違法無効が認定されることにより自動的に慰謝されないレベルの精神的苦痛は、どのような場合に認められるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.4.13労働判例ジャーナル114-40 小市モータース事件です。

2.小市モータース事件

 本件で被告になったのは、自動車整備業、自動車の販売及び賃貸業、損害保険代理業等を目的とする特例有限会社(被告会社)と、その代表者である取締役(被告B)です。被告Bは原告の父でもあります。

 原告になったのは、平成5年ころ被告会社との間で期限の定めのない労働契約を締結し(本件労働契約)、同年3月31日に被告会社の取締役に、平成14年10月8日に代表取締役に就任した方です。平成26年7月30日に取締役を退任し、それ以降は被告会社の従業員の立場で就労していました。

 しかし、平成27年4月10日、被告Bは、原告を、

「会社の売上金横領の為本日をもって懲戒解雇する。」

旨を記載した「辞令」と題する書面(本件解雇辞令)を被告会社本店内に掲示しました。

 これに対し、違法解雇によって再就職先を探さなければならなくなるなど経済的損害を被ったほか、精神的にも大きな苦痛を被ったとして、原告が、被告会社や被告Bを相手取り、損害賠償の支払等を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 裁判所は、横領の事実が認められないとして、本件解雇が違法無効であることを認めたうえ、次のとおり判示して、慰謝料請求を認容しました。

(裁判所の判断)

「本件解雇に伴い、原告は、被告会社の売上金の横領という社会的評価を毀損する事実を記載した本件解雇辞令を、他の従業員らの目にも触れる被告会社内に掲示されたり、被告会社に出勤しようとしただけで、不法侵入であるなどと罵声を浴びせられ、警察まで呼ばれたことに照らすと、本件解雇が無効であることが確認されたり、未払賃金等が支払われるだけでは、原告が本件解雇によって被った精神的苦痛が慰謝されることはなく、これを慰謝するための金員としては30万円が相当であると認められる。

「以上によれば、被告会社は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として78万円(経済的損害との合計額 括弧内筆者)及びこれに対する不法行為後の日である平成27年4月11日から支払済みまで、平成29年法律第44号による改正前の民法(以下『民法』という。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をする義務を負っていると認められる。」

3.社内掲示がある場合

 実務上、従業員を懲戒解雇したことを社内掲示する会社は一定数あります。一般的には、社内秩序を引き締め、同種の非違行為が行われることを抑止するためであるとされています。

 しかし、懲戒事由は大抵不名誉なことなので、懲戒解雇の社内掲示には、不法行為構成による慰謝料の支払いを命じられるリスクを増加させるという側面もあります。実際、本件では、社内掲示されていることが根拠の一つとなって、原告による慰謝料請求が認められました。

 本件でも社内掲示されたことだけが根拠になっているわけではないため、断言はできませんが、社内掲示がある場合は、慰謝料請求が認められやすい類型の一つであるとは思います。

 懲戒解雇の違法無効を争う場合、社内掲示された方は、慰謝料請求まで付加することを検討してみても良いかも知れません。