弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

主治医に診断書を求めるときには、就業制限を要するかどうかを明確に

1.診断書の曖昧な記載

 医師に診断書の作成を求めると、「〇日間の安静加療を要す」といった記載をされることがあります。こうした曖昧な記載は、結局、(肉体労働でなければ)働いていいのか/働いてはいけないのかが判断できず、労使間でトラブルを発生させることがあります。近時公刊された判例集にも、診療記録中の曖昧な記載がもとでトラブルになった裁判例が掲載されていました。東京地判令3.4.23労働判例ジャーナル114-30 白鳳ビル事件です。

2.白鳳ビル事件

 本件で被告になったのは、DVD鑑賞店の経営等を行う株式会社です。

 原告になったのは、被告と雇用契約を締結し、パート従業員として働いていた方です。客が利用した個室その他店内の清掃、フロントでの入退店処理・DVD交換処理、DVDの棚への返却、その他シフトで勤務する従業員の補助等の業務に従事していました。

 平成30年7月1日、病院を受診し、検査で網膜剥離であることが判明したことから、同月2日、大学病院を受診し、左裂孔原性網膜剥離及び両加齢性白内障(本件疾患)と診断されました。

 同月3日から大学病院に入院して治療・手術(本件手術)を受け、同月13日午前中に退院した後、同日午後から被告での稼働を再開しました。

 しかし、同年15日、眼圧が上がるなどの異常を感じたことから大学病院を受診して眼内レンズの修復処置を受け、更にその数日後には摘出手術を受けました。

 こうした経過のもと、無理な職場復帰を求められたことによる精神的苦痛の慰謝等を求めて、安全配慮義務違反を理由に原告が被告を訴えたのが本件です。

 本件では大学病院の退院サマリーには、「本件手術を行い、眼圧は正常域で経過し、経過順調であるため退院となったとの経過とともに、〇〇大病院の外来受診によりフォローアップすることが記載されているが、就労の制限については記載されてい」ませんでした。

 こうした状況のもと、本件では、同年7月13日時点で、被告が原告に対して就労を命じてはならない義務を負っていたといえるのかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、義務の存在を否定しました。

(裁判所の判断)

「平成30年7月13日の退院に当たっては、昭和大病院の外来受診によりフォローアップすることが想定されていたものの、医師が就労の制限を指示した形跡はなく(認定事実エ)、原告本人も、医師から安静にするように言われたものの、仕事を休むようには言われていないと供述している・・・。」

「この点、高橋医院のC医師の意見書・・・では、平成30年7月25日の退院までは、網膜剥離については、網膜の復位を得られていたが、眼圧のコントロールが不良で、手術や処置が必要な状態であり、完全な就業はできない状態だったと考えられるとの意見が述べられているものの・・・、就労の制限の内容について具体的に指摘するものではなく、また、同月13日時点の原告の就労について、原告の眼の状態によってはすぐに眼科受診できるなど、適切な相談をして勤務できる体制を決める必要があったと考えるとの意見も述べられている・・・ことに照らせば、同医師の意見も就労自体を制限すべきであったとする趣旨のものとまでは理解できない。

「そうすると、平成30年7月13日の退院時点で、原告については、本件疾患が悪化し得る状態であったことは否定し難いものの、就労自体の制限を要するほどの状態であったとまでは認められないから、被告が同日時点で原告に就労を命じてはならない義務があったとまではいえない。

3.就労制限の要否の確認を

 本件で原告の方が、稼働できる状態にあったのかどうかは判然としません。

 しかし、どちらであったにせよ、退院時点で、結局働いてもいいのかどうかを主治医に明示的に確認し、その意見を書面化してもらっていれば、本件紛争は、どこかのポイントで防止できていた可能性があります。

 必ずしも職場の状況を熟知しているわけではない主治医に明確な意見を出してもらうことは難しい場合もあるとは思いますが、診断書等の作成を依頼するにあたっては、就業制限の要否を確認しておくことが推奨されます。