1.ハラスメントに冷淡な裁判所
労働者側の代理人弁護士として常日頃問題だと思っていることの一つに、裁判所のハラスメントに対する冷淡さがあります。
裁判所はなかなかハラスメントの成立を認めません。かなり不穏当な言動がとられていても、「業務の範囲を超えているとはいえない」といった理屈でハラスメントの成立を否定します。
また、ハラスメントの成立が認められる場合でも、多くの事案では極めて低額の慰謝料しか認定しません。その慰謝料水準の低さは、弁護士費用を賄うことすらままならないことが多く、法律相談をしている中で説明すると、しばしば相談者からびっくりされます。
強い言葉に響くかも知れませんが、率直に言って、このハラスメントに過度に謙抑的な裁判所の姿勢は、ハラスメントを助長する一因になっていると思います。
近時公刊された判例集にも、裁判所のハラスメントに対する謙抑的すぎる姿勢がうかがえる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令5.2.17労働判例ジャーナル141-38 大洋建設事件です。
2.大洋建設事件
本件で被告になったのは、土木・建築の設計施工及び監理業務等を目的とし、一般建設や店舗内装工事設計等を行う株式会社です。
原告になったのは、被告の元従業員の方です。退職した後に、
未払時間外勤務手当等(いわゆる残業代)や、
上司から暴言・暴力を受けていたことを理由とする損害賠償
を請求する訴えを提起したのが本件です。
損害賠償請求にあたり、本件の原告は、次のとおり主張しました。
(原告の主張)
「C(被告の従業員兼取締役 括弧内筆者)は、原告に対し、『何でもかんでも電話して聞くんじゃなくて少し自分の頭で考えろバカ』、『今後あまりバカだと二度と連絡しません』、『よく文面みろバカ』、『了解しましたじゃなくて今日の予定どうなってるんだって聞いてんだバカ』等の暴言を含むメッセージを送信した。」
「Cは、原告に対し、頭を頻繁にたたき、説教をしながらひざ下付近を蹴りつけた。」
「被告は、従業員の労働環境を整備すべき義務を負っていたところ、原告の上長にあたるCによる暴言・暴力は明らかにパワーハラスメントに当たるのであって、このようなパワーハラスメントが生じないように措置を講じる義務を怠った債務不履行がある。」
「また、Cは、被告の従業員でもあったから、被告は、Cの不法行為について、民法715条1項により、使用者責任を負う。」
「原告は、Cによるパワーハラスメントにより、著しい精神的苦痛を受けており、これを慰謝するに足りる金額は、100万円を下らない。」
これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、ハラスメントの慰謝料を5万円だと認定しました。
(裁判所の判断)
「Cは、原告に対し、令和2年4月23日、『府中消防署で漏水発生』、『明日15時に現場行けるようであれば予定してください』とメッセージを送信し、原告から『お疲れ様です。了解いたしました。』と返信を受けると、『行けるようであればって文章理解できない?何でもかんでも電話して聞くんじゃなくて少し自分の頭で考えろバカ!』、『今後あまりバカだと2度と連絡しません』とメッセージを送信した。」
「Cは、原告に対し、令和2年6月9日、『職人を使うようであれば予算は半人工、午後の仕事も考えること』、『自分で材料持っていってできるのでは?』、『よく考えろ』、『ジプトン2枚で職人使うのか?』、『決まり次第ではなく期日は明日の昼です』、『よく文面見ろバカ』、『小修繕になったら自分でも作業すること多々あるんだよ』とメッセージを送信した。」
「Cは、原告に対し、令和2年7月21日、『また黒板に予定書いてないけど今日の予定どうなってるんだ』とメッセージを送信し、原告から『お疲れ様です。すみません、了解いたしました。』と返信を受けると、『了解しましたじゃなくて今日の予定どうなってるんだって聞いてんだバカ!』とメッセージを送信した。」
「Cは、少なくとも原告の頭をヘルメット越しに5回くらい、直接に頭を10回くらい小突いたことがあり、5回くらい足を蹴飛ばしたことがあった。Cは、原告に対し、『ヘルメットだと俺の手が痛い』と話したこともあった。」
(中略)
「Cは、原告に対し、令和2年4月23日、『行けるようであればって文章理解できない?何でもかんでも電話して聞くんじゃなくて少し自分の頭で考えろバカ!』、『今後あまりバカだと2度と連絡しません』とメッセージを送信し、同年6月9日、『よく文面見ろバカ』とメッセージを送信し、同年7月21日、『了解しましたじゃなくて今日の予定どうなってるんだって聞いてんだバカ!』とメッセージを送信したものと認めることができる・・・。」
「また、Cは、原告の頭をヘルメット越しに5回くらい小突いたり、頭を直接に10回くらい叩いたり、5回くらい足を蹴飛ばしたことがあったものと認めることができる・・・。」
「Cのメッセージは、その文面に照らしても、指導注意の過程に行われたものであって、表現方法として適切さに欠け、不穏当であり、原告が不快に感じるものであったことは否定することができないが、その頻度、経緯に照らしても、直ちに業務の範囲を超えた原告の社会的名誉、名誉感情を害する程度・内容とまではいえない。他方、Cによる頭部・足部への有形力の行為については、本件全証拠を精査しても、業務における指導・注意の方法として是認し得るような具体的事情は認められない。なお、Cは、原告が電話に応対しない、交通違反をした、給油時にガソリンを吹きこぼした、打合せにおいてメモをとらないなど注意散漫なところがあったことから、小突いたことがあるというが・・・、これらの事情が有形力を用いて指導・注意するに足りる事情に該当するということはできない。」
「そうすると、Cにより、複数回にわたって身体的暴力を受けたことについて不法行為が成立し得るものといえ、これに対する慰謝料は、その程度、内容等を総合的に勘案し、5万円をもって相当というべきである。」
「したがって、少なくとも、被告は、原告に対し、従業員の地位を兼ねるCによる不法行為につき、使用者責任(民法715条)に基づいて慰謝料5万円及びこれに対する不法行為後である令和2年9月1日から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払義務を負うものというべきである。」
3.従業員をバカと罵ることがなぜ業務の範囲を超えないのか?
一般に、職場におけるパワーハラスメントは
「職場において行われる ①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素を全て満たすものをいう。」
と定義されています(令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」参照)。
以前も似たようなことを申し上げましたが、従業員を「バカ」ということが、なぜ業務上必要なのかは、私には理解できません。従業員を「バカ」と罵ることが社会的に相当な範囲を超えないというのも全く共感できません。
医師のパワハラ-研修医を「バカ」と叱責することが適法(違法とはいえない)とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ
流石の裁判所も、身体的暴力に関しては、違法性(不法行為の成立)を認めました。しかし、認容された慰謝料額は僅か5万円です。医療機関を受診したり受傷したりした事実が認定されていないことを考慮したとしても、多数回に渡る身体的暴力が認められている事案において、この金額は低きに失しているように思います。
なぜ裁判所がここまでハラスメントに甘いのかは分かりませんが、こうした姿勢がとられ続ける限り、本邦からハラスメントがなくなることはないように思います。現場にいる弁護士としては、事件への具体的な取り組みを通じて相場感・相場水準の改善を訴え続けていくよりほかないのですが、こうした悪しき実務は速やかに改められるべきだと思います。