弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

「残業時の休憩時間」なる時間の労働時間性

1.残業時の休憩時間

 時間外勤務手当等を請求する事件で就業規則を見ていると、時折「残業時の休憩時間」といった言葉を目にすることがあります。「残業する時は、○時~○時を休憩時間とする」といったようにです。

 しかし、労働者は可能な限り早く家に帰りたいと思うのが普通です。また、休憩時間は労働時間ではないため、賃金が発生するわけでもありません。無給の休憩時間によって在社時間を延ばされても全くありがたくなく、終業時刻後、そのまま通しで残務を処理し、処理が終わると速やかに帰宅するというのが一般的な残業パターンです。

 それでは、何のために使用者は残業時の休憩時間を設けるのでしょうか?

 想像ですが、残業代を減らすためではないかと思います。

 例えば、17時終業の会社で17時~18時を残業時の休憩時間としておきます。しかし、残業する時に17時から18時まで休んで、そこから残務を片付けようとする労働者はそれほど多くはありません。早く帰宅するため、終業時刻である17時から残業に取り掛かり、19時に業務を終えたとします。この場合、2時間分の残業代が発生しなければならないわけですが、休憩時間を定めておけば、17時~18時の残業は労働者が勝手にやったことになります。したがって、17時~18時の割増賃金(残業代)は払わない扱いにすることができるという寸法です。

 しかし、こうした法潜脱的なことは許されるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に「残業時の休憩時間」の労働時間性の問題を取り扱った裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介している、東京地判令5.2.17労働判例ジャーナル141-38 大洋建設事件です。

2.大洋建設事件

 本件で被告になったのは、土木・建築の設計施工及び監理業務等を目的とし、一般建設や店舗内装工事設計等を行う株式会社です。

 原告になったのは、被告の元従業員の方です。退職した後に、

未払時間外勤務手当等(いわゆる残業代)や、

上司から暴言・暴力を受けていたことを理由とする損害賠償

を請求する訴えを提起したのが本件です。

 時間外勤務手当等との関係で、被告の就業規則には次のような規定がありました。

「勤務時間は休憩時間を除き1日7時間1週38時間とする。

第9条(始業・終業の時刻および休憩の時刻)

平日 始業時刻-午前9時・終業時刻-午後5時

土曜日 始業時刻-午前9時・終業時刻-午後0時

休憩時間 午後0時より午後1時

但し、残業時の休憩時間は別に午後5時から午後6時までとする。

 この規定との関係で、本件では、原告が行っていた時間外勤務等のうち午後5時から午後6時まで行っていた部分が果たして労働時間中の労務の提供といえるのかが問題になりました。

 本件の被告は、

「午後5時以降は、各自が食事をしたり談笑したり、自由に振舞うことができており、原告も、駐車場で携帯電話のゲームをしたり、適宜に自由な時間を過ごして適宜の休憩を取得していた。」

などと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、午後5時~午後6時までの間の労働時間性も認めました。

(裁判所の判断)

「被告は,昼休みのほかに午前10時から30分間、午後3時から30分間の休憩時間があり、午後5時以降は、各自が自由に振舞うことができており、適宜の休憩を取得することができたと主張する。そして、B及びCも、同趣旨の供述をする・・・。」

「しかしながら、原告を含む従業員は、午前10時からの30分間及び午後3時からの30分間は、現場を離れることはできず、飲み物を飲んだり喫煙する程度であったというのであって・・・、休息に当たり得るとしても、労務から完全に解放された休憩時間に当たるとまではいうことができない。 」

「また、就業規則は、『但し、残業時の休憩時間は別に午後5時から午後6時までとする。』と定め、本件労働契約においても『休憩時間 60分(12時~13時)、その他残業時の休憩時間60分・・・』と定めていたものであるが・・・、別紙3『時間計算書』記載のとおり、原告は、時間外勤務を行った日には午後5時頃から午後7時頃までに終業することが多かったのであって・・・、このうち午後5時から午後6時まで休憩していたと解することは不自然であるし、B及びCによっても、上記のとおり各従業員が午後5時以降に適宜の方法で過ごしていたというにすぎないのであって、午後5時から午後6時までの1時間について労働から完全に解放された休憩時間に当たるものと認めることは困難である。

「したがって、この点に関する被告の主張は、採用することができない。」

3.「残業時の休憩時間」を差引くような扱いは認められなかった

 上述したとおり、裁判所は、「残業時の休憩時間」を休憩時間としてカウントすることを否定しました。

 冒頭に掲げさせてい頂いたような使用者に対して時間外勤務手当等(残業代)を請求するにあたり、裁判所の判断は参考になります。