弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

自分の指導態様について部下が上司からどのようなヒアリングを受けたのかを聞きだそうとしたことがパワハラに該当するとされた例

1.職場におけるパワーハラスメント

 令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」は、職場におけるパワーハラスメントを、

「職場において行われる

①優越的な関係を背景とした言動であって、

②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、

③労働者の就業環境が害されるものであり、

①から③までの要素を全て満たすものをいう」

と定義しています。

職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf

 職場のパワーハラスメントには幾つかの類型がありますが、そのうちの一つに

「個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)」

という類型があります。

 個の侵害には、

労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること

労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者
の了解を得ずに他の労働者に暴露すること

などが該当するとされています。

 この「個の侵害」との関係で、近時公刊された判例集に興味深い裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令5.1.30労働経済判例速報2524-28 ちふれホールディングス事件です。何が興味深いのかというと、自分指導態度について部下が上司からどのようなヒアリングを受けたのかを聞き出そうとしたことが地位を利用した私的領域への踏み込みであるとしてパワハラとされた点です。

2.ちふれホールディングス事件

 本件で被告になったのは、化粧品の開発、製造、販売等を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で、所属及び職務を「経営企画部 中国市場担当課 副課長」とする雇用契約(本件雇用契約)を締結し、被告のアジア市場部に所属していた方です。

「『Aさんの言動は目に余るものを感じている』と記載された第三者宛てのメールをA氏本人も含め送信する行為」(Aに対する行為)

「平成30年6月から同年11月までの間の就業日・就業時間に関係なく、公私混同し、指摘領域に踏み込むような内容の連絡を何度も送信する行為」(Bに対する行為)

などがパワーハラスメントにあたるとして譴責処分を受け(本件譴責処分)、その後、社長室への配転を命じられました(本件配転命令)。

 このような経過のもと、原告が、被告に対し、

譴責処分が無効であることの確認、

社長室で勤務する雇用契約上の義務がないこと、

海外事業部への配転、

を求め、訴訟提起したのが本件です。

 被告の就業規則では、

「パワハラの禁止

社員は、他の従業員を業務遂行上の対等な者と認め、職場における健全な秩序及び協力関係を保持する義務を負うとともに、地位や先輩であることを利用した嫌がらせを行うこと、退職を強要・勧奨する言動を行うこと、正当な理由がないにもかかわらず、懲戒処分を行うこと又は請求すること、明らかに達成不可能で理不尽な要求を行うことをしてはならない」

とパワーハラスメントに独自の定義が与えられていました。

 裁判所は、Bに対する行為について、次のとおり述べて、懲戒事由に該当すると判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、前記・・・のタイへの出張からの帰国後、Bが原告の指導態様について別の上司であったEと面談したことや自らもEから経緯を聴かれたことを受けて、Bに対し、『私が不在の際に、誰がBさんにカマをかけてきたとしても、今までも、現在も、Bさんを守るのは直属の上司である私の役割で、胸を張ってそうしています。』、『もう一度繰り返しますが、Bさんを社内的に守ったり、仕事を教えたりするのは、今の組織では私の役割です。』などとLINEメッセージを送信し、直属の上司としてBを守る旨主張した上、『何か聞かれたんですか?』、『他から何か言われたのなら、それも報告してもらうのが筋だと思います。』、『僕は質問してるんです。』、『いえいえ、何か聞かれたんですか?』などとLINEメッセージを送信し、BとEとの前記面談内容について複数回にわたって聴き出そうとしている。」

「BとEとの前記面談内容は、原告の指導態様についてのものであって、原告に開示されるべきものではなく、原告との関係においては、Bの私的領域に含まれる事項であったというべきところ、これらのLINEメッセージは、Bが他の者から受けた発言内容を上司であった原告に報告すべきである旨主張して、前記面談内容を複数回にわたって聴き出そうとしたものであり、上司としての地位を利用して、Bの私的領域に踏み込むものであったということができる。」

「したがって、原告が前記LINEメッセージを送信したことは、他の従業員を業務遂行上の対等な者と認め、職場における健全な秩序及び効力関係を保持する義務に反して、上司としての地位を利用し、Bへの嫌がらせを行った行為・・・に当たるものと認められ・・・懲戒事由に該当する。」

3.直接的な脅し文句がなくても自分に関する面談内容は聞いたらダメ

 本件で興味を惹かれたのは、Bに対する行為をどのような類型のハラスメントとして理解するのかです。

 Bと上司との面談内容を、Bを脅迫して聴き出そうとしたような場合には比較的分かりやすいのですが、(真意はともかく)「守るのは自分の役割だ」などとという文句で面談内容を聴き出そうとする行為については、文言からストレートに脅迫にあたるとも言いにくく、既存の類型(身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害)にあてはめることには難しさがあります。

 既存の類型は飽くまでも例示であって無理にあてはめる必要はないうえ、裁判所が論じているのは被告就業規則で定義されたパワーハラスメントへの該当性ですが、裁判所は、原告がBに対してした行為を「個の侵害」に近いものとして判断しました。

 自分が社内で不利な立場に置かれた時に、部下や同僚から情報収集を図ろうとする例は結構あり、これが問題だと明確に判示されたことは、実務上参考になります。