弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

運転手の車庫~役員方までの移動時間の労働時間性-肯定例

1.通勤時間・移動時間の労働時間性

 通勤時間の労働時間性は、一般的には否定されています。

 例えば、佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕156-157頁にも、

「労働者が債権者である使用者に対して労務を提供する債務は、債権者の求める場所において労務を提供することを内容とする持参債務(民法484条)であるから、通勤という行為は、労働力を使用者の下へ持参するための債務陸男の準備行為に位置づけられるものであって業務性を欠く。また、その内容においても通常は自由利用が保障されている。したがって、通勤時間には労働時間性が認められない。用務先への直行・直帰に要した時間も同様に考えられる。」

と記述されています。

 しかし、「当該行為が、既に始業後の労務提供の実質をもつかという観点から、通勤時間であるのか始業後の労働時間であるのかが問題とされること」があり、配管工の現場と会社の事務所を移動する時間を労働時間と認めた裁判例など、移動時間に労働時間性を認めた裁判例もないわけではありません(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』157頁参照)。

 通勤時間・移動時間の労働時間性は上述のように理解されているところ、近時公刊された判例集に、役員付運転手の自宅付近の車庫~役員方までの移動時間の労働時間性を肯定した裁判例が掲載されていました。横浜地判令4.4.27労働判例ジャーナル125-1 セーフティ事件です。

2.セーフティ事件

 本件はいわゆる労災民訴の事案です。

 被告になったのは、役員車等の運行・保守管理の請負等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告で働いていたDの遺族(妻・長女)の方です。Dは被告との間で雇用契約を締結し、被告の顧客である会社の役員付運転手として勤務していました。勤務時間中に心筋梗塞で死亡し、労災保険給付の支給決定を受けた後、Dが死亡したのは被告における長時間の時間外労働等が原因であるとして、被告に対して損賠賠償を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では労務の過重性が争点となり、その中で原告の移動時間(自宅付近の車庫~役員方)の労働時間性が問題になりました。具体的に言うと、被告は、

「Dが自宅近くの車庫を出発してから役員の自宅に到着して役員を乗車させるまでの50分間と、役員の自宅を出発してからDの自宅近くの車庫に到着するまでの50分間は、実質的に通勤時間と評価するべきである。Dは通常出発すべき時刻よりも相当早くに車庫を出発し、役員の自宅に到着するまでの時間を朝食の購入・食事に費やしていた。」

などと主張し、移動時間の労働自家性を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、移動時間の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

「Dが行う車両運行管理の時間は、その開始時間を管理車両の運行前点検時、その終了時間を管理車両の運行後点検及び清掃の終了時とされている(乙11の1、5条3項)。」

「管理車両は、被告が賃借したDの自宅近くに所在する屋根付駐車場を車庫として管理されていた。Dの勤務は、朝、同車庫において運行前の車両点検をし、管理車両を出庫させて担当役員の自宅まで迎えに行って同役員を会社まで送り届け、日中は、同役員の予定に応じて都内近郊各所の企業等への送迎をし、夕方以降に飲食を伴う会合がある場合はその送迎をするなどして、同役員の終業後自宅に送った上で、管理車両を運転して上記車庫に戻り、運行後の車両点検等をして終了となるものであった。」

(中略)

「被告は、Dの自宅近くの車庫から役員の自宅までの往復は、通勤時間であって労働時間に含まれない旨主張するが、Dの業務は、上記認定のとおり、運転業務だけに限られず管理車両の管理全般であったのであるから、顧客の管理車両を運転して車庫から役員の自宅に行く時間及び役員の自宅から車庫に入庫するまでの車両運行は当然業務の一環であり、同時間が労働時間に含まれないとする被告の主張は採用することができない。

3.移動の職務性が認められた例

 上述のとおり、裁判所は移動時間の労働時間性を認めました。

 運行開始前の点検、運行終了後の点検までが運行管理(職務)であると明記されていたことから当然といえば当然の判断ではありますが、通勤的な移動時間について、その労働時間性が肯定された点には目を引かれます。

 通勤時間(っぽい時間)が基本的に労働時間に該当しないことは否定できませんが、例外なく労働時間性が否定されているというわけでもありません。運転手など職務性を肯定しやすい職種の場合、出庫や帰庫の時間を始業・終業の時間にできることもあります。本件は労災民訴の事案ですが、残業代請求等との関係でも、労働時間から除外されることに疑問をお持ちの方は、一度弁護士に相談してみると良いと思います。もちろん、当事務所でも相談はお受けしています。