弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

業務命令に従わないリスク

1.業務命令への不服従

 配転命令の効力を争う場合、異議を留保したうえ、配転先で働きながら争うのが原則です。配転命令に従わないと、正当な理由のない欠勤であるとして解雇されるからです。

 もちろん、解雇の効力を争う地位確認請求訴訟の中で、配転命令が無効であるとの判断が得られれば何の問題もありません。労働契約上の地位は回復されますし、配転先での就労を強いられることもありません。

 しかし、配転命令が無効とされる場面は極めて限定的です。配転命令が無効と認定されることを見越して配転先での労務提供を拒否することは、解雇されるリスクの高い行為と判断されることが多いのが実情です。そのため、配転先での労務提供を行い、解雇リスクを回避しつつ、配転の効力を争うのが原則とされるのです。

 この異議留保型の争い方が活用されるのは、配転の場面が典型です。しかし、このような争い方を選択肢に検討しなければならないのは、配転の場面に限られません。業務命令に従わないという場面でも同様です。業務命令に対する故意的な不服従は、改善の可能性がないという評価に直結しがちであり、解雇リスクの高い行為だからです。

 近時公刊された判例集にも、このことが分かる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、新潟地判令4.3.28労働判例ジャーナル127-26 学校法人新潟科学技術学園事件です。

2.学校法人新潟科学技術学園事件

 本件で被告になったのは、新潟薬科大学を設置・運営する学校法人です。

 原告になったのは、被告の「健康・自立総合研究機構」(本件機構)に所属していた准教授の方です。本件機構の運営会議やセミナー会議への欠席を継続したことを理由に「職員としての能力を欠き、職務に適しないと認められた場合」に該当するとして、普通解雇されたことを受け、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告の方が運営会議やセミナー会議に出席しなかったのは、

いずれも重要な会議とはいえない、

パワーハラスメントの加害者ともいえるF(教授)からの出席命令自体、違法不当なものである、

という認識でのことでした。いわば、自身に正当な理由があると信じて、業務命令に故意的に従わなかったといえます。

 この事案で、裁判所は、パワーハラスメントの成立を否定したうえ、次のとおり述べて、解雇の効力を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件機構において重要な会議等である機構運営会議及び機構セミナーに出席を求められていたにもかかわらず、正当な理由なく1年以上も欠席したと認められるところ、被告が重大な債務不履行を繰り返した原告に対して本件解雇をしたことは、合理的な理由があると認められる。」

「そして、被告は、原告に対し、原告がFやHの指示に従わなかったことについて、軽度の懲戒処分等をすることなく、本件解雇に至っているものの、原告は、平成28年頃から現在まで、一貫してG及びFのパワーハラスメント等を訴えており、この主張を前提としてF及びHの指示に従っていなかったと認められることからすれば、被告において、G及びFのパワーハラスメント等があったことを前提に原告の要望(研究妨害を行わないことや就業環境を改善すること)を受入れない限り、原告に翻意の機会を与えていたとしても、原告の言動が改善される見込みはなかったというべきである。

そうすると、被告が、原告に対し、他の懲戒処分等をして改善の機会を与えることなく、本件解雇に至ったことは、やむを得ないというべきであり、社会通念上相当であったと認められる。

3.改善の見込みを否定されるリスクがある

 勤務態度の不良等を理由とする解雇の可否を検討するにあたっては、「改善の見込み」という概念が重要な指標になります。指導による改善の見込みがあるのに、そのような過程を経ず、いきなり労働関係を解消(解雇)するのは不当だといったようにです。

 不服従の理由に正当性が認められればいいのですが、そうではない場合、業務命令に対する故意的な不服従は、改善の見込みに乏しいと判断されやすい傾向にあります。

 業務命令も、配転と同様、それが濫用となる場面は極めて限定されています。そのため、業務命令の適法性に疑義がある場合でも、異議を留保したうえ、取り敢えず業務命令には従事することとにし、従事しながら業務命令の効力を争って行く途を検討する必要がありそうです。