弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

複合要因型の解雇であるとの使用者側の主張に対し、なお整理解雇の判断枠組によると判断された例

1.整理解雇の判断枠組と複合要因型解雇

 整理解雇とは、企業が経営上必要とされる人員削減のために行う解雇をいいます。整理解雇は、労働者に帰責事由がないにもかかわらず、使用者の経営上の理由により労働者を解雇するところに特徴があり、労働者に帰責性があるその他の解雇よりその有効性は厳格に判断されるべきであるとされています。

 具体的には、①人員削減の必要性があること、②使用者が整理解雇努力をしたこと、③被解雇者の選定に妥当性があること、④手続の妥当性の四つの要素の総合判断により、解雇権濫用の有無が判断されています(以上、第一段落目の記載を含め、佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕396-397頁参照)。

 それでは、整理解雇的な要素を含みながらも、能力不足等の他の要因も関係している解雇の効力は、どのように司法審査されるのでしょうか?

 前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』399頁には、

「労働者の帰責事由による勤務成績不良と経営上の理由とを区別したうえ、前者については解雇を是とするほどの勤務成績不良なのかを検討し、後者については整理解雇の4要素について充足しているかを検討し、どちらか1つを肯定できる場合でなければ、解雇を有効とすべきではないと考えられる。」

という考え方が示されています。

 しかし、上記文献にも実際に複合要因型の解雇の効力を審理した裁判例が掲載されているわけではなく、実際の裁判でどのような判断枠組が採用されるのかは、あまり良く分かっていませんでした。

 このような状況の中、近時公刊された判例集に、複合要因型の解雇であるとの使用者側の主張に対し、整理解雇の判断枠組に基づいてその効力を判断した裁判例が掲載掲載されていました。東京地判令4.4.12労働経済判例速報2492-3 クレディ・スイス証券事件です。

2.クレディ・スイス証券事件

 本件で被告になったのは、クレディ・スイス・グループの一員として、総合的に証券・投資銀行業務を展開する株式会社です。

 原告になったのは、被告会社のプライベート・バンキング本部に所属し、平成26年以降、同本部内に設置されたマルチ・アセット運用部の部長として、投資一任運用業務を担当していた方です。被告会社が平成30年2月、原告の所属していたマルチ・アセット運用部を廃止し、平成31年2月18日付けで原告を解雇したことを受け、地位確認や未払割増賃金(残業代)の支払を求める訴訟を提起したのが本件です。

 本件の被告は解雇権濫用の判断枠組について、次のとおり、整理解雇の四要素に形式的にあてはめて行く手法に反対しました。

(被告の主張)

本件解雇は、整理解雇の範疇に入るとしても、本件で原告の職位がなくなった原因は主に原告自身にあるから、能力不足解雇の要素も入った整理解雇である。すなわち、被告会社のプライベート・バンキング本部には、平成24年以前、投資一任サービスを提供する商品がなかったことから、Dからプライベート・バンキング業務の事業譲渡を受けるに当たって、Dの従業員であった原告に投資一任サービスを提供する商品を揃えさせ、これを担ってもらうことにした。しかしながら、原告が担った投資一任運用業務の業績は、原告の努力(能力)不足が原因で低迷を続け、もはや維持することができなくなったことから、上記業務を行っていたマルチ・アセット運用部を廃止せざるを得なくなり、これによって同部の部長であった原告の職位もなくなったものである。」

「また、原告は、高度専門職として雇用され、職種が特定されており、平成25年の年収は2400万円を超えるなど、高額の待遇を受けていた。原告は、このように、整理解雇の四要素が典型的に適用される終身雇用で年功型賃金制度の適用を受ける労働者と異なり、賃金を低く抑えられているわけではなく、賃金は常に市場に適合しているし、転職によってキャリアアップを重ね、より高い待遇を得ることが想定された労働者である。」

本件解雇が権利の濫用に当たるかを判断するに当たっては、以上のような本件の特色を踏まえて判断すべきであり、従来の整理解雇の四要素を形式的に当てはめて判断する手法は、事案の特質にそぐわない。

 これに対し、裁判所は、結論において解雇を有効としながらも、次のとおり述べて、解雇の効力を議論する上での規範は、整理解雇の四要素に照らして慎重に判断するのが相当であると判示しました。

(裁判所の判断)

本件解雇は、被告会社が経営上の必要性から行ったものであり、原告に帰責事由があることを理由とするものではない。したがって、本件解雇の効力については、①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③被解雇者選定の妥当性及び④手続の相当性といった要素を総合的に考慮した上で、本件解雇が本件就業規則第42条第4号所定の『その他前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき』に該当し、客観的に合理的な理由が認められるかや、社会通念上相当であると認められるかを検討して判断するのが相当である。

「この点に関し、被告会社は、本件解雇が整理解雇の範疇に入るとしても、原告の職位がなくなった原因が主に原告自身にあり、能力不足解雇の要素もあることや、原告が終身雇用で年功型賃金制度の適用を受ける労働者と異なり、高度専門職であり職種が特定され高待遇を受けている労働者であり、賃金が外部労働市場に適合し、転職によってキャリアアップを重ねてより高い待遇を得ることが想定された労働者であるという特色があるとして、本件解雇の効力については、上記のような特色を踏まえて判断すべきであり、従来のいわゆる整理解雇の四要素を形式的に当てはめて判断する手法はそぐわないと主張する。」

「しかしながら、被告会社の上記主張ないし指摘には傾聴に値するところがあるものの、被告会社が指摘する本件の特色は、本件解雇が会社側の経営上の必要性から行われたものであるという本件解雇の基本的性質を失わせるものではない。したがって、本件解雇についても、その有効性は上記四要素に照らして慎重に判断するのが相当である。なお、被告会社が指摘する原告の職位がなくなった経緯や労働者の性質等の本件の特色については、被告会社に信義則上求められる解雇回避努力の内容や程度等を検討するに当たっての考慮要素として斟酌することができるから、上記のようないわゆる整理解雇の四要素を総合考慮する判断枠組みを用いても、適切な解決を図ることはできるというべきである。

3.複合要因型なのかという見方もありえるとは思われるが・・・

 本件の被告は、

「整理解雇の範疇に入るとしても・・・」

と本件解雇が整理解雇の範疇にカテゴライズされること自体を積極的に争っているわけではありません。そのため、本件を複合要因型の事案といってよいのかについて、疑問もないわけではありません。

 しかし、能力不足解雇の要素が入っているという被告の指摘にも関わらず、なお、本裁判例は、解雇の効力は整理解雇の四要素に照らして慎重に判断するのが相当であるとの判断を示しました。

 一般論としていうと、整理解雇の判断の方が、本人に帰責性のある能力不足解雇の判断よりも厳格に行われます。能力不足解雇の要素を含んでいることが考慮要素として斟酌されることを差引いたとしても、

能力不足解雇/整理解雇のそれぞれで有効性を検討し、いずれか1つを肯定できる場合であれば解雇の効力を認める、

との規範に依拠するより、厳格な司法審査に服するのではないかと思われます。

 今回の裁判所の判断は、複合要因型の解雇について、一つでも整理解雇的な要素がある場合には、整理解雇の四要素の判断枠組に引き付けて考えることができるという見解と親和的であるように思われます。

複合要因型の解雇事案において別の規範を適用すべき/整理解雇の判断枠組自体を緩和すべきであるとの使用者側の主張に反駁し、

飽くまでも解雇の効力は整理解雇の4要素のもとで確認されるべきだと議論して行くにあたり、本裁判例はその活用が期待されます。