弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

通勤手当としてバス定期代の支給を受けながら自転車通勤をしていたことが、解雇を正当化する理由にならないとされた例

1.金銭的不正行為を理由とする解雇

 労働契約法16条は、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

と規定しています。客観的合理的理由、社会通念上の相当性の有無は、厳格に審査されるため、そう簡単に解雇権の行使が有効になることはありません。

 しかし、比較的緩やかに解雇の効力が認められる場合も、ないわけではありません。その一つが、金銭的な不正行為を理由とする場合です。「金銭的な不法行為の事例では、額の多寡を問わず懲戒解雇のような重大な処分であっても有効性は肯定されやすい」と理解されています(第二東京弁護士会労働問題検討委員会『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、改訂版、令5〕279頁参照)。

 このような状況のもと、通勤手当としてバス定期代の支給を受けていながら自転車通勤をした事案で、普通解雇の効力が否定された裁判例が近時公刊された判例集に掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、東京地判令5.2.17労働判例ジャーナル141-36 花村産業事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。

2.花村産業事件

 本件で被告になったのは、金属商品の製造・販売及び輸出入等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し(本件雇用契約)、東京事業所で営業課業務係長として経理事務、営業アシスタント事務を担当していた方です。

「貴殿の勤務態度は、遅刻、欠勤、上司を含む他の職員との衝突・摩擦、労働時間の浪費、指揮命令違反、その他貴殿との職場内でのコミュニケーション方法等に関して、これまでに幾多の改善指導を試みても改善しませんでした。」、

「他の従業員が傷つくことも複数回発生しておりました。」

との理由で普通解雇されたことを受け、地位確認等を求める労働審判を申立てました。これが被告側の異議申立により本訴移行したのが本件です。

 本件では、原告が通勤手当の支給を受けながら自転車通勤をしていたことも問題の一つとして挙げられました。

 この事案で、裁判所は次のとおり述べて、通勤手当の件が人を解雇する理由になることを否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告には業務中に私用メール等を送信した件、不正に出張旅費等を請求した件、さらに無断でパソコンのデータを消去した件があったなどと主張し、Eも同趣旨の供述をする。・・・」

「まず、原告が業務中に送信したメールには、原告の居住用不動産等に関する私的メールも含まれていたものの、その頻度は平成25年3月から平成31年3月まで19通にとどまっており・・・、本件全証拠を精査しても、被告がこれらの事由について人事上の措置を講じたものと認めるに足りる証拠はない。」

「また、被告が指摘する不要な日用品の購入、不適切な旅費等についてみると、切手の流用、請求書の作成日付の変更のほか・・・、通勤手当としてバス定期代が支給されていたにもかかわらず、自転車通勤をしていたことを理由とするものであるが・・・、通勤手当については、不適切な経費が生じた期間は1年半、その金額は14万円程度であることから、被告において支給の是非を確認しておらず、差額請求をしなかった経緯があり(乙1)、原告の上司であるDにおいても、接待費用や帰省手当について適切な精算がされていなかったというのであって・・・、原告について通勤手当費用の精算等を行うべき事情があるとしても、直ちに本件解雇に匹敵する程度の事情があったともいい難い。そのほか、本件全証拠を精査しても、流用した切手額、不要な日用品購入に要した金額も明らかではない。

「そして、原告は、パソコンのデータを消去して初期化したことがあったが、被告は、パソコンの更新に当たってデータの整理方法については従業員の各自に委ねていた上、データ消去を禁ずる旨の指示をしていたものではなく、原告も、回収された更新前のパソコンについてデータ消去したにすぎないのであって・・・、本件全証拠を精査しても、被告の業務に与える具体的な影響の有無・程度は明らかではない。

「したがって、被告の上記主張は、採用することができない。」

3.金銭的な不祥事でも解雇の効力が否定されなかった例

 本件で特徴的なのは、金銭的な不祥事が指摘されているにも関わらず、裁判所によって解雇の効力が否定された点にあるように思われます。

 手当の不正取得は解雇になりやすい対象行為の一つですが、本件は解雇を有効とはしませんでした。裁判所の判断は、金銭的な不祥事を理由とする解雇の効力を争ってゆくにあたり、実務上参考になります。