弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇に先立つ注意・指導は具合的な是正を指示するものでなければならず、労働者がどのように応じたのかも証拠化されていなければならないとされた例

1.解雇に先立つ注意・指導

 民法541条は、

「当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。」

と規定しています。つまり、契約関係を解消するためには、原則として事前に問題となる状態を是正するように催告しておかなければなりません。

 解雇の場合、

「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。」

といったルールが適用されるため(民法627条1項)、使用者が労働者に解雇権を行使する場面では、事前に問題点を是正する機会を付与することが必ずしも要求されるわけではありません。しかし、一般的な契約解除に催告が必要とされていることとの均衡からか、使用者の解雇権の行使に客観的合理的理由や社会的相当性が認められるか否かを判断するにあたり、裁判所は、事前に適切な注意・指導がなされているのかを気にする傾向にあります。

 それでは、この解雇に先立つ注意、指導は、どのような内容のものを、どのような方式で行われる必要があるのでしょうか?

 昨日ご紹介させて頂いた、東京地判令5.2.17労働判例ジャーナル141-36 花村産業事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。

2.花村産業事件

 本件で被告になったのは、金属商品の製造・販売及び輸出入等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し(本件雇用契約)、東京事業所で営業課業務係長として経理事務、営業アシスタント事務を担当していた方です。

「貴殿の勤務態度は、遅刻、欠勤、上司を含む他の職員との衝突・摩擦、労働時間の浪費、指揮命令違反、その他貴殿との職場内でのコミュニケーション方法等に関して、これまでに幾多の改善指導を試みても改善しませんでした。」、

「他の従業員が傷つくことも複数回発生しておりました。」

との理由で普通解雇されたことを受け、地位確認等を求める労働審判を申立てました。これが被告側の異議申立により本訴移行したのが本件です。

 本件の裁判所は、次のとおり述べて、解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、『貴殿の勤務態度は、遅刻、欠勤、上司を含む他の職員との衝突・摩擦、労働時間の浪費、指揮命令違反、その他貴殿との職場内でのコミュニケーション方法等に関して、これまでに幾多の改善指導を試みても改善しませんでした。』、『他の従業員が傷つくことも複数回発生しておりました。』との理由により、就業規則21条1号、4条、5条、21条2号、4号、8号に該当するとして、本件解雇をしたものである・・・。」

「確かに、原告については、他従業員に対する態度、特にFに対する態度について不適切であるとの不満が寄せられ・・・、M等の上司の了承を得ることなく遅刻・残業を行っていたものであって・・・、原告の勤務態度にも問題があったことは、否定することができない。」

「しかしながら、被告においても、Fにも言動等に問題があったことを認識しており・・・、Eも、Fの事務処理にミスが多い旨を報告し・・・、Lも、同様にFの言動について問題がある旨を述べていたのであって・・・、原告のFに対する言動等が業務上の指導注意として全く不合理であったということは困難である。なお、被告は、原告の言動等によりFが適応障害に罹患し、他従業員も退職するに至ったことを理由として退職勧奨に及んでいるが・・・、Fの疾病との因果関係を認めるに足りる医学的証拠はないし、従業員の退職との間の具体的な因果関係を認めるに足りる証拠もない。」

「また、原告の無断遅刻・残業の回数も、上記の程度に限られており、著しいものとまではいえず、本件全証拠を精査しても、被告が原告に対して注意処分その他の人事上の措置を講じた経緯を認めることもできない。」

「さらに、Eは、原告に対して以前から口頭により注意指導を行っていたが、何ら改善が見られなかったと供述するが・・・、Eは、自ら原告に対し、平成30年5月頃、指導に問題がないか尋ね、Fに関する情報提供の在り方について注意したにとどまり、具体的な是正を指示したものではなかったし・・・、Dに対して原告の指導を行うよう指示したものの・・・、本件全証拠を精査しても、具体的にDが原告に対してどのような指導注意を行い、原告がどのように応じたのか明らかにする証拠はないのであって、他に被告が原告に対して注意指導した経緯を示す指導書、注意書その他人事上の措置を講じたことを示す個別具体的な証拠はない。

「他方、原告は、平成30年5月頃、係長にも昇進し・・・、被告に対する改善提案も行い、品質環境課会議において効果の確認が認められたものも多数あり・・・、原告が被告の業務にも貢献していたものということができる。」

「以上によると、原告の業務中の言動、対応等が就業規則4条(規則の遵守)、5条(従業員の心構え)に反し、21条1号及び8号に当たる事情があり得ることは否定し難いものの、その違反の内容、程度、指導注意の経緯等に照らすと、本件解雇が社会通念上相当であると認めることができない。」

「したがって、本件解雇は無効であるというべきであり、争点・・・に関する原告の主張は理由がある。」

3.具体性を伴わない注意・指導等は跳ね返せる可能性あり

 解雇の可否を判断するにあたり、事前の注意、指導がそれなりに重視されているからか、指導書のような書面のない事案でも、使用者側から「口頭では注意、指導をしていた」と主張されることがあります。

 しかし、口頭での注意、指導には、裏付けがないほか、具体的な内容や労働者側の対応が曖昧であることが少なくありません。

 注意、指導に関する主張がなされても、内容に具体性がなかったり、証拠化されていなかったりするのであれば、それほど恐れるには足りません。裁判所の判示は、使用者側の「口頭で注意、指導していた」という主張に反論して行くにあたり参考になります。