弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

問題視せず、注意指導していなかった事実について、懲戒解雇事由には該当しないとされた例

1.古い行為の蒸し返し

 一般に、解雇は、労働者と使用者との関係が徐々に悪化して行く中で行われます。このような経過をたどった解雇事件の相談を受けていると、解雇事由の中に、かなり昔の出来事で、当時は特に問題視されていなかったものまで含まれていることが少なくありません。

 こうした事由を蒸し返して解雇、特に、制裁としての懲戒解雇を行うことは許されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令5.3.23労働判例ジャーナル138-18社会福祉法人永芳会事件です。

2.社会福祉法人永芳会事件

 本件で被告になったのは、介護老人保健施設の運営等を業とする社会福祉法人です。

 原告になったのは、平成18年8月21日に被告との間でる同契約を締結し、以降、被告の経営する介護老人保健施設(本件施設)で医師として稼働していた方です。令和2年8月28日に懲戒解雇されたことを受け(本件解雇〔1〕)、地位の確認等を求めて労働審判を申立てました。裁判所は、原告の申立てを全部認容する労働審判を申立てましたが、令和3年3月22日、被告側で審判に対する異議申立が行われ、本訴へと移行したのが本件です。なお、被告は、本訴移行後の令和3年11月16日、準備書面で改めて普通解雇の意思表示をしています(本件解雇〔2〕)。

 問題視せず、注意指導されていなかった事実と懲戒解雇事由との関係が問題になったのは、本件解雇〔1〕との関係です。

 本件解雇〔1〕の理由について、被告は、

「原告は、(令和2年 括弧内筆者)1月24日午前10時40分頃、女性職員や利用者が入浴中であったにもかかわらず、1階脱衣室に侵入した(以下『本件行為〔1〕』という。)。」

「原告は、(令和2年 括弧内筆者)6月12日、女性職員4名が着替え中であった1階脱衣室に無断で侵入し、同室に在室した(以下『本件行為〔2〕』といい、本件行為〔1〕と併せて『本件各行為』という。)。」

「本件各行為は、懲戒解雇事由である就業規則第79条2項3号のセクシャルハラスメントに当たるとともに、同項12号にも該当する。また、原告は、1月24日、被告の職員から待機場所を3階サービスステーションに移動するよう指示されたが、これに反抗しその他不当な目的で本件行為〔1〕に及び、その後、後記・・・のとおり被告の職員から注意を受けたにもかかわらず、本件行為〔2〕に及んでおり、就業規則第79条2項16号にも該当する。」

と主張しました。

 就業規則79条2項の各条項は、懲戒解雇事由として、

「3号 セクシャルハラスメント、パワーハラスメントの問題により法人秩序を乱したとき。」

「12号 素行不良で著しく法人内の秩序又は風紀を乱したとき。」

「16号 再三にわたり、職務上の指揮命令に不当に反抗し、職場の秩序を乱したとき。」

と規定していました。

 このような就業規則の規定のもとで行われた本件解雇〔1〕の効力との関係で、裁判所は、次のとおり述べて、本件行為〔1〕が懲戒解雇事由に該当することを否定しました。なお、裁判所は、結論として、本件解雇〔1〕〔2〕の効力をいずれも否定し、原告による地確認等請求を認容しています。

(裁判所の判断)

「前記認定事実によれば、原告は、7月3日の面談の場で、原告が1月24日午前10時40分に1階の脱衣室に入ったとの事実を告げられ、これに対する弁明を求められたものの、当該事実について何ら異議を述べなかったこと・・・が認められる。」

「また、1月24日の面談の際、原告が、デイケアの利用者を診察する場合には、主任と相談する必要がある旨を述べたのに対し、P3事務長が、『うん。で、スムーズにいくようにね、もう一度またね、今日・・・どなたもお風呂入ってると思う・・・。あっ、お風呂入ってはると思いますけどね。』と述べ、これに対して、原告が、『いや別に、入って診察なんか、それが普通やから。』と述べたこと・・・が認められる。これらのやり取りの内容は、原告が、利用者への診察に関してP9主任と相談する必要があるとして、その所在をP3事務長に確認したのに対し、P3事務長が、同主任を含め、職員が浴室内にいる旨を述べつつ、現在利用者が入浴中であるため、P9主任への相談は後にした方がよい旨を暗に伝えたものの、原告が、浴室内での診察は普通のことであるなどと原告が浴室内に入ることに問題はない旨を述べて浴室に向かった、との事実関係に沿うものということができる。」

「以上に加え、原告本人の供述及び陳述書・・・に、原告は、医師である自らが脱衣室や浴室で利用者の診察を行うことは当然であり、2階及び3階の脱衣室では何度も診察をしたことがあって、1階の脱衣室でもそれまでに1~2回程度診察したことがあった旨の部分があることのほか、証人P3の供述及び陳述書・・・を総合すると、原告は、1月24日の面談中、1階デイケアのP9主任に話がある旨述べ、会議室を出て1階の脱衣室に向かい、ノックをせずに戸を開けて脱衣室内に入ったが、男性の利用者が入浴中で脱衣室には誰もおらず、原告は、入室後しばらくして脱衣室から退出したと認めるのが相当であり、これに反する原告本人の供述及び陳述書・・・は採用できない。」

「そこで上記行為の懲戒事由該当性について検討すると、確かに、脱衣室では女性職員が着替えをしていたり、女性の利用者が入浴や着替えをしている可能性があるから、安易に脱衣室に立ち入ることは相当とはいえず、誰が在室しているかや、男性又は女性のいずれが入浴中であるかを事前に確認しておくべきとはいえる。しかしながら、上記アの認定事実によれば、原告が立ち入った際には、男性の利用者が入浴中で、脱衣スペースには誰もいなかったものである上、原告は、P9主任に1階のデイケアの利用者を診察すべきかについて相談する目的で脱衣室に立ち入ったものであることからすると、これがセクシャルハラスメントや風紀を乱す行為に該当するとは言い難い。本件全証拠によっても、原告の立入行為について、利用者からこれがセクシャルハラスメントに当たるなどとして何らかの苦情があった形跡はない。」

仮に、被告が、原告の脱衣室への立入行為が懲戒解雇事由であるセクシャルハラスメントや風紀を乱す行為に該当するものと判断し、これを問題視していたのであれば、その後、同様の行為に及ばないよう注意指導してしかるべきであるのに、P3事務長は、1月24日中に原告に注意をしておらず・・・、2月14日及び同月21日の面談においても、P4理事及びP3事務長は、原告が1階に降りてこないよう指示しているものの、脱衣室に侵入したことについては何ら触れていない・・・。だとすれば、被告も、原告の立入行為がセクシャルハラスメントや風紀を乱す行為に該当するとは判断していなかったものと推認される。

「よって、原告が1月24日に1階脱衣室に立ち入った事実は認められるものの、これが懲戒解雇事由である就業規則第79条2項3号及び同項12号に該当するということはできない。」

「また、被告は、本件行為〔1〕が就業規則第79条2項16号に該当するとも主張するが、前記認定事実・・・によれば、原告は、本件行為〔1〕に先立つ面談の場で、待機場所を3階サービスステーションに移ることを最終的に受入れた上、1階の利用者を診察する場合の診察場所などが話し合われており、1階脱衣室その他の場所への入室を禁止する旨を告げられてはいなかったと認められること、上記・・・のとおり、原告が本件行為〔1〕に及んだのは、P9主任に1階のデイケアの利用者を診察すべきかについて相談する目的であったと認められることからすると、本件行為〔1〕を被告の指示に不当に反抗したものと評価することはできないから、これが就業規則第79条2項16号に該当するとはいえない。」

3.傍論ではあるが・・・

 以上のとおり、傍論ではあるものの、裁判所は、

注意指導の対象とされていなかったのはセクシュアルハラスメントや風紀を乱す行為に該当すると判断していなかったからである

という理屈のもと、本件行為〔1〕が懲戒解雇事由に該当することを否定しました。

 実務上、問題視されていなかったことを蒸し返して懲戒解雇事由として構成するというパターンを目にすることは多く、そうした事案を処理するにあたり、本件は参考になります。