弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

性同一性障害者に女性トイレの自由使用の利益が認められた例

1.性同一性障害者と性自認に応じたトイレの自由利用

 以前、性同一性障害を持つ方が性自認に応じたトイレを利用することの可否が問題になった裁判例を紹介しました。

性同一性障害者が自認する性別に対応するトイレを使用する利益と行政措置要求の可能性 - 弁護士 師子角允彬のブログ

性同一性障害者が自認する性別に対応するトイレを使用する利益(続報) - 弁護士 師子角允彬のブログ

 これは、身体的性別は男性であるものの、自認している性が女性である方に対し、国(経済産業省)が女性用トイレの自由な使用を認めなかったことの適否が問題になった事件です。性同一性障害を持った一審原告の方は、職場の女性トイレを自由に使用させることなどを求め、人事院に対し、行政措置要求を行いました。

 この行政措置要求に対して、認められない旨の判定がされた為、一審原告の方は、判定の取消訴訟を提起しました。(本件判定)。

 一審は、本件判定のうち、

「原告に職場の女性トイレを自由に使用させることとの要求を認めないとした部分を取り消す」

と判示しましたが、二審は、一審の判断を覆し、本件決定の違法性を否定しました。

 その後、どうなったのかが気になっていたのですが、近時公刊された判例集に、この事件の最高裁判決が掲載されていました。最三小判令5.7.11労働判例ジャーナル138-1 経産省職員事件です。

2.経産省職員事件

 最高裁は、次のとおり述べて、トイレ使用に係る人事院の判断を適法とした二審判決を取消しました。

(裁判所の判断)

「国家公務員法86条の規定による行政措置の要求に対する人事院の判定においては、広範にわたる職員の勤務条件について、一般国民及び関係者の公平並びに職員の能率の発揮及び増進という見地から、人事行政や職員の勤務等の実情に即した専門的な判断が求められるのであり(同法71条、87条)、その判断は人事院の裁量に委ねられているものと解される。したがって、上記判定は、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したと認められる場合に違法となると解するのが相当である。」

これを本件についてみると、本件処遇は、経済産業省において、本件庁舎内のトイレの使用に関し、上告人を含む職員の服務環境の適正を確保する見地からの調整を図ろうとしたものであるということができる。

そして、上告人は、性同一性障害である旨の医師の診断を受けているところ、本件処遇の下において、自認する性別と異なる男性用のトイレを使用するか、本件執務階から離れた階の女性トイレ等を使用せざるを得ないのであり、日常的に相応の不利益を受けているということができる。

一方、上告人は、健康上の理由から性別適合手術を受けていないものの、女性ホルモンの投与や《略》を受けるなどしているほか、性衝動に基づく性暴力の可能性は低い旨の医師の診断も受けている。現に、上告人が本件説明会の後、女性の服装等で勤務し、本件執務階から2階以上離れた階の女性トイレを使用するようになったことでトラブルが生じたことはない。また、本件説明会においては、上告人が本件執務階の女性トイレを使用することについて、担当職員から数名の女性職員が違和感を抱いているように見えたにとどまり、明確に異を唱える職員がいたことはうかがわれない。さらに、本件説明会から本件判定に至るまでの約4年10か月の間に、上告人による本件庁舎内の女性トイレの使用につき、特段の配慮をすべき他の職員が存在するか否かについての調査が改めて行われ、本件処遇の見直しが検討されたこともうかがわれない。

以上によれば、遅くとも本件判定時においては、上告人が本件庁舎内の女性トイレを自由に使用することについて、トラブルが生ずることは想定し難く、特段の配慮をすべき他の職員の存在が確認されてもいなかったのであり、上告人に対し、本件処遇による上記のような不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかったというべきである。そうすると、本件判定部分に係る人事院の判断は、本件における具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、上告人の不利益を不当に軽視するものであって、関係者の公平並びに上告人を含む職員の能率の発揮及び増進の見地から判断しなかったものとして、著しく妥当性を欠いたものといわざるを得ない。

したがって、本件判定部分は、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるというべきである。

「以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中、本件判定部分の取消請求に関する部分は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、上記請求は理由があり、これを認容した第1審判決は正当であるから、上記部分につき被上告人の控訴を棄却すべきである。」

3.事例判断ではあるが性自認に応じたトイレの自由使用の利益が認められれた

 以上のとおり、最高裁は、二審判決を取消し、性自認に応じたトイレの自由使用を認めました。事例判断ではありますが、最高裁の判断は画期的なものです。

 今後、性同一性障害を持つ方への理解が、更に進むことが期待されます。