弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

個人のアカウントで会社の物品を購入した際に発生したポイントの私的使用による解雇が認められた例

1.金銭的不正行為を理由とする解雇

 労働契約法16条は、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

と規定しています。客観的合理的理由、社会通念上の相当性の有無は、厳格に審査されるため、そう簡単に解雇権の行使が有効になることはありません。

 しかし、比較的緩やかに解雇の効力が認められる場合も、ないわけではありません。その一つが、金銭的な不正行為を理由とする場合です。「金銭的な不法行為の事例では、額の多寡を問わず懲戒解雇のような重大な処分であっても有効性は肯定されやすい」と理解されています(第二東京弁護士会労働問題検討委員会『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、改訂版、令5〕279頁参照)。

 それでは、使い込みの対象が金銭ではなく、ポイントであった場合はどうなのでしょうか? この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令5.10.19労働判例ジャーナル143-28 中央建物事件です。

2.中央建物事件

 本件で被告になったのは、不動産の売買・賃貸・仲介・管理等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告と期間の定めのない雇用契約を締結し、総務事務等に従事していた方です。会社のため原告名義のアカウントを利用してウイスキーを繰り返し注文する中で発生したポイント(22万8252円相当)を使って美容液や腕時計などの私物(20万8006円相当)を購入していたことなどを理由に解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、解雇の効力を認め、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

・客観的・合理的理由の有無について

「前記認定事実・・・によれば、原告は、総務部における勤務中、上司であったBから、担当業務であった酒類購入によって貯まった本件ポイントを当該酒類の購入に充てるように指示があったにもかかわらず、平成31年4月28日から令和3年6月26日までの間、酒類購入によって貯まった本件ポイントを、私用の美容用品や家電製品等の購入のために費消し、その額が20万8006円に及んだこと(以下『本件ポイント費消』という。)が認められる。

原告は、酒類購入業務によって貯まった本件ポイントを私的に費消しているところ、その使途が美容用品や家電製品等の多岐にわたることに照らすと・・・、本件ポイントには、現金に類似する通用性・利便性があったと考えられる。すると、本件ポイント費消は、被告に対し、原告が業務上委ねられていた現預金を私的に利用することと同等の経済的損害を与えるものであって、これと同様の信頼関係の破壊をもたらすものであったといわざるを得ない。

「以上のような、本件ポイント費消の性質及び経緯、費消額及び用途並びに回数及び期間に照らすと、本件ポイント費消は、原告の被告従業員としての職務上の義務に反するものであり、本件解雇についての客観的に合理的な理由に当たるものと認められる。」

・本件解雇の社会的相当性について

「本件ポイント費消は、その費消額が20万円を超え、また、単に本件指示に反して本件ポイントを貯めたというだけでなく、これを私的に費消しているものである。また、原告は、令和3年3月に総務部から異動する際、後任者から、酒類購入によって貯まった本件ポイントのアカウントのパスワードを尋ねられているから、その際、酒類購入業務を引き継ぐ者として、酒類購入業務による本件ポイントの蓄積状況や使用状況について、上司又は後任者に対して説明をすべき立場にあったと考えられるにもかかわらず、パスワードを忘れた旨を答えているのであって・・・、本来行うべき説明をしなかったことが認められる。原告は、本件解雇がされる前の面談で事情聴取をされ、その際、弁償の意思を示しているが、本件ポイントを次の酒類購入に充てるようにBから指示されたことを否定している・・・などの当該面談時の原告の対応ぶりに照らすと、このことを重視すべきものということはできない。

「以上のとおり、本件ポイント費消の性質・内容及び経過を検討しても、特に原告に酌むべき事情があるとはいえない。」

「前記認定事実によれば、原告は、〔1〕令和3年8月6日から同月8日までのLINEのやり取りの後である同年9月頃、Cが指示した自転車へのシール作成などをせず・・・、〔2〕調停や裁判手続の進行状況を管理していた表計算ソフトについて、上司であるCがこれを操作できないことを知りながら、以後、管理をしない意思を示したこと・・・が認められる。」

「このように、原告は、本件解雇時、Cの担当していた法務に関係する業務への従事について消極的な態度を示していたことが認められ、原告に対するCの言動といった事情を考慮しても、原告の勤務状況について特に酌むべき事情があるとも認められない。」

以上で検討した本件ポイント費消の性質・内容及び経過並びに原告の勤務状況その他の事情を踏まえて検討しても、本件解雇が社会的相当性を欠くということもできない。

・小括

「以上によれば、本件解雇について、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないものとはいえず、本件解雇は有効であると認められる(労働契約法16条)。」

3.会社から酒類の購入に充てるように指示があった事案ではあるが・・・

 本件は会社から酒類の購入に充てるようにとの指示があった事案であり、ポイントの使途について無関心に放置されていたわけではありません。解雇有効という判断にも、このことが影響しています。

 とはいえ、ポイントが現金と同等のものだと判示されたことには注意が必要です。会社の物品購入で発生したポイントは、私的に使わないに越したことはありません。

 また、万一、使ってしまったとしたら、社会通念上の相当性に影響するため、余計な言い訳はせず、速やかに弁済してしまった方が良さそうです。